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内見の為に待ち合わせたのは午前十一時。
昼間に鶴橋と会う。
初めてだ。
都はカジュアルなパンツスタイルで待ち合わせ場所の本屋の前に立っていた。
そもそも時間より早くそこに着きたい性質なので、中で文庫本を一冊買いそれを開いて待っていた。
約束まで十五分程だ。
本の内容半分、人の往来に気を配る事半分。
そう言えば鶴橋は時間を守るタイプなのだろうか。
仕事で遅れるのなら連絡をくれるだろうけど、それとは別に普通にルーズなタイプだったとしたら、自分とは合わないな、なんて。
多分来る。
彼はきっと五分前行動だ。
都の仕事の終わりが多少早くても、いつものあの場所で待っていてくれたのだから。
「お姉さん待ちぼうけ?」
あ、面倒臭いの来たか。
都は声をかけられやすいタイプだ。
誘って着いてくるではなく、断り慣れているだろうから、ダメ元で声をかけて着いてきてくれればメッケモノ…なのだろう。
「…」
本から顔を上げず、無言を貫いた。
返事をすれば長くなる。
「ちょっとだけお話ししません?」
しないに決まってる。
「ねぇお姉さんこっち向いてくださいよー」
さっさと行けばいいのに、しつこくすれば顔を上げるとでも思っているのか。
「お姉さんとお話ししてみたいなー」
なー、じゃないわよ。
ドン、と横を風が通り本屋の壁に手をついた音がした。
パッと顔を上げで見たのは、横で話していた声の主と都の間に手をついたスーツの腕。
(…壁ドンってやつだ)
されてるのは声の主だけども。
「お兄さん、俺がお話し付き合いましょうか」
わー、怖い顔。
睨んでるわけでもないのに。
その横顔の微笑はとても怖かった。
「え…いや」
「ね、お兄さん。嫌がってる人に…無理に声掛けたら…ダメだよね?」
わかるかな?
そう言って、鶴橋は貼り付けた様なペラペラの微笑みを浮かべた。
「す、みません」
極一般的な、どちらかと言えば真面目そうな顔を引き攣らせて、男が見下ろす鶴橋の腕を潜る様にして離れた。
「分かってくれたらいいんだ、さようなら」
さようなら、に重さを込めて鶴橋が指先を振った。
早足で立ち去る男の背中を見送った鶴橋が…ゆっくりと振り返った。
「…都さん」
(あれ?)
笑ってなかった。
大丈夫ですか?と笑うと思っていた鶴橋が、真顔だった。
「お疲れ様」
ポカンと口を開けた都に、鶴橋は小さくため息をついた。
大きな手が、しっかりした強さで都の手首を取った。
「車、乗って」
すぐ近くの路肩に、エンジンをかけたままで止まっていた車。
助手席のドアを開けてから鶴橋は運転席に回り込んで行った。
ドアはもちろん自分で閉めた。
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