準備とナンパ

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車のロックをかけた鶴橋は、走り出さずに助手席の都に顔を向けた。 「…都さん、駄目でしょ?」 男に対応していた訳では無い、何がダメなのか。 都は僅かに首を傾げた。 「…なんで?」 都の返事に鶴橋何かを言いかけて、ぐ、と呑み込んだ。 そしてふい、と前を向いた。 話しの途中なのに、車は走り出したのだ。 「カズ…?」 「…都さん、何であそこに立ってたの」 話す時必ず目を見る鶴橋は、真っ直ぐ前を向いたままそう訊ねた。 「カズと、待ち合わせしてたから」 「……そうじゃないよ、どうしてあそこに立ち続けたの?」 これは、怒ってる…? 「面倒臭いのが居たけど…無視してたらカズが来たでしょ?」 都が鶴橋の言わんとしている事を、真剣に理解していない事が分かったのか。 鶴橋がウィンカーを出してコンビニの駐車場に車を入れた。 飲み物でも買うのだろうか、そう思った都がシートベルトに手をかけた。 外そうと伸ばした手ごとそこに押さえつけられた。 痛くはない。 けれど、上から金具ごと包まれた手はビクともしなかった。 「え、なに?カズやめて」 「うん、俺はやめるよね?」 その声は、いつもより数倍低い。 その目も、重い光で都を見つめていた。 「あの男にこうやって、手を掴まれてたら…離してくれたかな?」 話し方もいつもと違って…急に鼓動が速くなった。 なんとなく、その意味を理解して都は口を噤む。 「痛いくらい手首掴まれて、どっか引っ張って行かれたら…どうするの?」 鶴橋は手を離して、ごめんねと言う様に一度手の甲を撫ぜた。 「都さんさ、いつも私みたいな気の強い女とか、可愛くないとか言うけど…そんなん誰情報?」 「…それは」 話していない過去と、今までの生き方が自分にそう思わせてきたのだけれど。 「俺から見たら、都さんは可愛いし…心配になるくらい綺麗だし…か弱い」 力の差は歴然だ。 それは分かる。 「…お姉さんのままなら、俺何も言わないけど…恋人なら違う。…ああ言う時は、人の居るところ…本屋の中に入って連絡して」 正論で、鶴橋の心配は優しさで。 だから都は頷くしか無かった。 「うん、分かった」 ごめん、とやっぱりありがとうをくっつけられずに答えた都に、鶴橋はふんわり笑った。 「うん、じゃあいいっす」 なんか温かいもの買いましょうか、と鶴橋が代わりにベルトを外してくれた。 先におりた鶴橋に続いて車を下りた都は、数歩先を歩く鶴橋にならぶ。 ありがとうの代わりに、そっとその手に手を重ねた。 鶴橋の言う心配が正解だと分かるその大きさの違い。 鶴橋は嬉しそうに指を絡めて笑った。
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