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温かいコーヒーと紅茶を買って、もうさっきの事を忘れた顔で鶴橋は不動産屋に運んでくれた。
一軒目の内見で、特に不便もなく都はそこで決めてしまった。
「…よかったんすか、全部見なくて」
「うん、カズの事務所も近いし、スーパーも近くだし」
何より、セキュリティがしっかりしていたから。
鶴橋の安心に重きを置いた。
今のハイツより住み心地が良いのは間違いないし。
「事務所にもどるの?」
「あー、そうっすね…珍しくボスが昼から動くんで」
「そう、私ここでいいわよ?」
「何言ってんすか、部屋まで送るに決まってるでしょ?」
ほんとに、か弱い女になった気分だ。
それは、鶴橋にかかればか弱い事は間違いないけれど。
そこら辺の女子より強い自信はあるのだけれど。
「…あのね、カズ」
「はい?」
「私、仕事辞めるの」
鶴橋は一拍置いてそうですか、と答えた。
「…看護師、戻るんすか」
これは、転職を心配しているのでは無い。
看護師のハードワークを心配しているのだ。
実家の事があるから。
「ううん、今度話すけど…その気は無いの」
鶴橋は何も言わなかった。
「荷物、少しずつまとめるね」
「…俺も行ける時行くんで、無理して進めなくていいっすから」
「うん」
話した方がいいだろう。
大した内容の話ではないけれど、都にとっては復職を躊躇うほどのトラウマになった事だから。
鶴橋が話してくれた様に、ちゃんと話しておきたい。
鶴橋はなんて言うだろう。
笑い飛ばして気にするなと言われたなら、もしかしたら転職する選択肢の中に、看護師が戻ってくるかもしれない。
鶴橋の言葉はすんなり胸に届くから、閉じてしまった扉も開くかもしれない。
そう思い始めていた。
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