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引越し
明日は朝イチで引越し業者に荷物を運んでもらって、その後掃除を済ませて新居に向かう。
鶴橋は業者の後について先に新居に…、そう考えながらお好み焼きを焼きつつ鶴橋を待っていた。
すぐ帰ると言っていた鶴橋が、あと三十分とメッセージをくれたのは、都が家に戻って二十分ほどしてからだった。
鶴橋には言わないけれど、あの夜鶴橋が男を投げ飛ばしたのを見た日から、胸の奥で燻る不安は消えずにいる。
いつ何時、怪我をするか…危険な目にあっていないか。
数日現れないだけで、もしかして死んだのではないかと思ったりもした。
もうすぐ帰るが、三十分延びただけ。
大丈夫かと心配する様な事ではない。
それに明日からは、鶴橋は必ず自分の居る所に帰ってくる。
無事を確認できるのだから。
この心配は鶴橋と一緒に生きていく間、ずっと消えないのだろう。
強く、ならなくては。
「都さん、お好み焼きー?」
ドアが開いて、鶴橋の呑気な声が聞こえた。
「手、洗って。焼けるわよ、もう」
「やった、うまそー」
テーブルの上のホットプレートを顔だけ出して確認した鶴橋がにぱっと笑って引っ込んだ。
そして手を洗って入ってくる。
手には 小さなサボテンの植木鉢。
「…サボテン?」
「俺、部屋でサボテン育ててたんすよ、こいつ取りに行ってたんす…ほら、新居に持ってかなきゃ」
これの為の三十分か。
…なぁんだ。
「ちゃんと世話してるんすけど、まだ花咲かないんすよねー」
大きな手に可愛らしい小さな植木鉢が可愛い。
「新しい家では、私もちゃんとお世話するから、咲くわよ」
調べておこう、サボテンの育て方。
花が咲いたら、鶴橋はきっと満面の笑みで喜ぶはずだ。
「…感動…そうっすよ…明日から一緒なんだよなぁ」
威厳の欠片もない、溶けた微笑みで向かいに座った鶴橋。
そうだ、新しい生活が始まる。
「お休み、大丈夫なの?無理言ったんじゃない?」
「近頃、組も落ち着いてるし…全然っす、なんならボス彼女と旅行行くらしいっすよ」
「そうなの?…用心棒は?」
鶴橋はくく、と笑い首を振った。
「俺は見て分かる時用の用心棒っすよ…デカいから目立つでしょ?…お忍びで楽しみたい時は、もっと大人しめの人間つれてくんすよ」
うまい、と差し出したお好み焼きを大口で頬張る鶴橋。
「見て分かる時用って?」
「…各所が集まる会合、表向きは円満だけど実は腹の中がわからない相手に会う時は、俺みたいなのを連れてるほうがいいんす」
鎧の一部っすよ、と鶴橋が目を細めた。
ボスを護る鎧の一部だと自分を表現する鶴橋の話しは本当なのだろう。
いつか都が、身体を壊すと注意した時鶴橋は壊れても構わないと平気な顔をして言った。
それを悲しいと思ってはいけないのだろうか。
鶴橋の恋人として居たいなら、それを当たり前だと思わなくてはやっていけないのだろうか。
「…じゃあ明日は家具を設置して、足りないものを買いに行きましょ、明後日は細々収納して…明明後日ゆっくりしなきゃ」
話しを逸らして都がお好み焼きをひっくり返す。
…心配だと、言わずに。
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