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寝る前に鶴橋は運びやすい様にダンボールを玄関の近くに積上げてくれた。
寒々しい部屋で二人、ベッドに入る。
「…カズ、明日早いからちゃんと起きてね」
「大丈夫っす、俺寝起きはいいんすよ」
都をすっぽり抱いて、鶴橋は喉の奥で笑う。
温かい体温であっという間に布団が温まって行くのが分かる。
「朝ご飯…どうしようか…」
「んー、都さんが支度してる間に俺が買ってくる」
半分眠りに落ちそうな都の思考が戻ってくる。
「…選びたいから、一緒に行く」
自分がそばに居たとして、足でまといになる事はあっても、到底鶴橋を護る事など出来ない。
わかっているのに、その買い物すら行かせたくない。
そう思った。
「うん、じゃあそうしましょーか」
都の心の内など知らない鶴橋が、柔らかな声色で答えるのを聞いて都は目を閉じた。
「都さん…、みーやこさん」
眠りは浅い方で、目覚ましが鳴る数分前に目を覚ますタイプだ。
看護学校時代から、時間厳守とか忘れ物とかとにかく厳しく教えらた。
その僅かな気の緩みが人の命に影響するのだと。
仮眠中の内線に瞬時に反応して、起き抜けに走り出しても頭はクリアだったのに。
鶴橋にそっと肩を撫ぜられて目を覚ました。
「…ん、おはよう」
「おはよう都さん、もう少し寝てなよ。約束したけど、俺朝飯買ってくるから」
約束したからと、一応声をかける鶴橋が好きだなあと思って。
でも温かい…まだ離れたくない。
ぎゅ、と抱き締めて引きとめた。
ひとりで行かせたく無い気持ちもプラスされて、足まで絡めた。
「…一緒に行く…待って」
ふ、と鶴橋が笑った気配がした。
乱れた髪を撫ぜて梳かされる感覚に、少しずつ頭が起きてくる。
重たい瞼を開けるとすぐ近くで優しい瞳と目が合った。
「あったかい格好して行こう…ね」
「…うん」
モコモコのコートとマフラーで外に出た。
まだ出勤や登校の時間には少し早く、歩いている人も疎らだった。
引越し業者は九時に来る。
腹ごしらえをして、最終確認をしなくては。
「…コンビニでいいっすか」
「うん、サンドイッチと…コーヒーがいい」
「あー、カウンターで自分でいれるやつ?」
頷いたら鶴橋がゆっくり歩きながら都を見下ろした。
危ない、前を見て欲しい。
「なに?」
「いや、これから…こんな事普通に出来るようになるんだなって」
「ん?」
「…朝も、昼も、夜も…いつの時間の都さんも見られるんだなって、思ったんすよ。幸せだなって」
自分より遥かに素直な鶴橋の言葉に、微笑んだ。
そうだ、心配だけではない。
こうやって、スッピンで梳かして結んだだけの髪で。
暖を取るのを重視した締まらない格好をしていても、鶴橋は喜んでくれる。
「…そうね、これからよろしくね」
「こちらこそっす、都さん」
マイナスな事ばかりではない。
そこだけに心を持っていかれてはいけない。
見逃してはいけないのだ、ささやかな幸せを。
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