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荷物と共に鶴橋が先に出て、都は掃除の後引渡しをした。
大家と挨拶を済ませてタクシーで新居に向かう。
あちらはちゃんと運び入れられただろうか。
業者は引き上げた後で、鶴橋の靴で閉まるのを阻止された玄関から中に入ると、鶴橋がテレビの配線を差し込んでいる所だった。
大きな背中から、鼻歌が聴こえている。
多分数年前に流行ったラブソング。
意外と上手い。
「カズ、お茶買ってきたよ」
鼻歌が止まり鶴橋が振り向いた。
「都さん、お疲れ様。テレビもうつくよ…」
差し出したペットボトルを受け取った手ともう片方が都を捕まえて引き寄せた。
「わっ、なぁに?」
カーテンもついていない部屋の中で膝の上に座らされ、ぎゅうっと抱きしめられて恥ずかしい。
玄関だって開いてるのに。
「充電っす、俺これからめっちゃ働くから」
「しょうがないわねぇ」
満更でもない気持ちで頭を抱えてやって、ほっと息をつく。
「都さん、俺コタツ欲しいな」
「え、コタツ?春先までちょっとだけしか出してられないけど…」
「いいんす、来年も使うし…コタツで蜜柑、したいっす」
ああ、なるほどと納得した。
多分、鶴橋の実家にはコタツが無かったんだろう。
コタツに入った事はさすがにあるのだろうけど、多分気を抜いてくつろいで、蜜柑を食べるなんて事をした事がないのだ。
「コタツ布団のクリーニングはカズの受け持ち、あと柄は私が選ぶからね?」
「もちろん!やった」
「あと、そうねぇ」
家族団欒、当たり前にそれがある家庭で大きくなった。
その当たり前から鶴橋が喜びそうな物を思い出していた。
「あとあれ、これにゲーム欲しい」
「え?都さんゲームするんすか?」
しない、した事ない。
でも。
「ほら、怪獣をガツンガツンしていくやつ、ストレス発散によくない?」
都には弟がいる。
その弟が友達と部屋で、よくやっていたのだ。
楽しそうに。
「あー、二人で出来る!」
キラキラと目を輝かせている。
当たりだ。
それから二人でコタツとゲーム機を買いに出かけた。
それと蜜柑も。
引越しの片付けはどうする、と言うのは置いといて。
結構な出費だったけれど。
ソフトを都が、本体を鶴橋が買った。
ベッドとテレビとコタツだけ整えて。
デリバリーの夕食と蜜柑を並べて。
二人で並んでコタツに入ってゲームをした。
勉強ばかりだった鶴橋も、看護師になる為に頑張っていた都も…笑うくらい何も分からずに。
攻略本を読む係と、口に食べ物を入れる係にわかれてケタケタ笑いながら過ごした。
「よっわ!かっこわるーい」
「ちょ、都さん何でそこ落ちるんすか?迷子っすか?」
「探検してんのよっ、さっさと倒しなさいよっ」
「うぉっ、やられる、俺やられるっ!」
恋人と言うより姉弟みたいだ。
そんなふうにして、新居一日目の夜がふけていった。
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