相手のための嘘

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 案外落ち込んでいないように見えた母の様子にホッとした私でしたが、会計などを済ませるために一旦母のそばを離れて戻ってみたら、母が隅っこの方でこちらに背中を向けていて。  チラリと見えた母の頬を光るものが伝って、足元にポトッと一滴落ちるのが見えたんです。  瞬間、あれは涙だ!と悟ってキュゥッと胸が締め付けられるような気持ちになりました。  もしかしたらって期待した分、出来ないと言われたことを当人である母が気にしてないわけがなかったのに!  私のバカ!って思いました。 「母さーん、会計終わったよー」  あえて少し離れたところから明るく声をかけた私に、母は気丈にもにっこり笑って振り返ると、「じゃあ帰ろうか」と言いました。  その顔にはもうどこにも涙の跡なんて残っていませんでした。  私は母の涙を見てしまったことを胸の奥底深くに仕舞い込んで、見ていないふりを貫いて、そんな母にうなずきました。  お互いにお互いのためを思って嘘をつきました。  でもきっと、私が母の嘘を知っていたように、母も私の嘘に気づいていたと思います。
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