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お友達、と言えば母にも近所に仲良くしてくれていた友人がいて…手術前にも手術後にも母の顔を見に来てくれました。
そのおばちゃんに電話して母の現状を伝え、あとどのくらいちゃんとお話出来るか解らないけれど……出来ることなら笑顔で見送ってあげてね、ってお願いしました。
おばちゃんは電話口で母のためにたくさん泣いてくれました。
こうやって別れを惜しんでくれる多くの人に囲まれて、母は本当に幸せ者だったなって思います。
それはきっと、母が周りに愛される生き方をしてきたからこそだと思います。
母の天命は神のみぞ知る――。
もしかしたらまだまだこちらで頑張りなさい、って戻されるかもしれない。
そうなることを願いながら、過ぎゆく日々を笑顔で母と共に過ごせたらな、と思っていました。
でも、のべつ幕なし泣かずにいるのは思いの外、辛かったから。
母の前で笑顔でいるために、別の場所ではしっかり涙を流すようにしていました。
母が亡くなったあと、母と同室だった方が教えてくれました。
私たちが帰った後、母がこっそり泣いていたことを。
「強くて優しいお母様だったね」って言葉と共にそのお話を聞かされたとき、母も私と同じ気持ちでいてくれたんだなぁって思いました。
きっと、ひとつでも多く、笑顔で一緒に過ごした記憶を残したかったんだよね。
母さんは本当、術後も毎日元気に笑顔で色々お話してくれていました。
私も笑顔で母に受け答えしました。
こんな日がいつまでも続けばいいなぁ。
そんな風に願った日々でした。
↑術後(6/9)に病室で撮った母の写真です。(亡くなるわずか11日前)
どこか泣きそうにも見えるけれど、いつもいつもこんなふうに全力で笑顔を見せてくれていました。
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