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とりあえず、僕は親分に言われた作戦を実行することにした。うまくいくかどうかはわからないが。
「君は幽霊になって一カ月しか過ぎてないから知らないだろうけど。実はね、幽霊にも縄張りがあるんだよ、知らない?」
「え?」
「ほら、サダコとカヤコが同じところに出現しないのと同じ理由なんだよ。幽霊は、呪いたい獲物を他の悪霊に渡したがらない生き物なんだから」
僕はそっと彼女の隣に座って告げた。
「このカミシロ池にもね、元々別の幽霊がいたんだ。冬になるになると現れる、恐ろしい悪霊。……昔ね、この池に猫を虐待して殺しては捨てるクソ野郎がいてさ。この池の底には大量の猫の死骸が沈んでいたんだ」
「え」
「何十、何百と積み上がった猫たちは恨みをつのらせ、やがて一つの強大な力を持つ悪霊となった。猫を虐待して殺したクソ野郎は呪い殺されてバラバラに引きちぎられて死んだけど、その恨みは全然収まらなくてね。男が猫の死体をたくさん捨てたのは主に冬のことだったから……冬の時期は一番駄目なんだ。冬になると、悪霊たちの力は増す。丁度三時くらいにね、池が真っ黒に染まるんだ。それを見てしまった者は呪い殺されると言われるんだけど……」
僕はじぃっと女の目を見つめて言った。
「……今は秋だからギリギリ許されてるけど。冬もこのままだと君、かなりやばいと思うよ。自分の縄張りをよその幽霊に奪われた……しかも池の水を勝手に赤く染めたなんてことがバレたらさ。君、魂ごと持っていかれちゃうんじゃないかな。そうしたらもう、生まれ変わることもできなくなるかも……」
「――っ!」
女は真っ青になって震えあがった。僕は呆れてしまう。自分も幽霊なのに何で他の幽霊がそんなに怖いんだよ、と。
「じょ、成仏します!間髪入れずに成仏します、ささささささようならああああ!」
「えええええええええええええっ!?」
そしてあっさり、じゅわぁ、と溶けるように成仏した。いや決断早すぎだろ!と僕は思わず声に出してツッコんでしまう。
真っ赤になっていた池の水が、元の深緑色に戻っていく。親分が言ったことは、まさに正しかったらしい。――幽霊だろうと、お化けが怖い奴は怖い。そんでもって、自分が呪われるなんか想定外だろうと。
『だってあのユーチューバーどもよ、あれだけ大騒ぎして面白がって取材に来るのに、いざ池の水が真っ赤に染まるとびびってきゃーきゃー言いながら逃げていくだろう?ホラー大好きな奴らが、実際怖くないかといえばまったくその通りなわけだ。……つまり、同じ理屈が池の幽霊にも通用するんじゃないかと思ってなあ』
――……除霊の方法、マジでこんなんでいいの、ねえ?
適当に作った怪談でうっかり幽霊を成仏させてしまった僕は、途方に暮れつつベンチの上で円くなった。
まあ、これで人間どもがこの池で騒ぐこともなくなるなら、良しとすることにしよう。
「にゃあ……昼寝、するかあ」
僕はふかふかのシッポを枕にして、その場でひとやすみを始めたのだった。まったく、野良猫も楽ではない。
なお。
数日後、池に痴話喧嘩が絶えない男女の幽霊が住みつき、僕と親分が再び頭を抱えるのは此処だけの話である。
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