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第19章 街角ピアノ
夏休みも終わりに近づいてきた。
奥山くんは相変わらずバイトの身。勤務先の近所のコンビニはどうやら人手が足りないのか、フリーの立場でフルに予定を入れられる彼は何となく便利に扱われてぎちぎちにシフトを組まれてる気配がしなくもない。
さほど無理やり強制されてる雰囲気でもないけど。何といっても彼はある種病み上がりのようなものだから、心身の状態はやはり気になる。
少し心配になってあるとき、バイトの口なんて他にいくらでもあるだろうから。たまたま最初に見つけた仕事だからって、何も夜勤のあるコンビニとかで必ずしも続けなくてもいいんじゃない?とさり気なく水を向けてはみたが。
「大丈夫、僕は羽有ちゃんたちと違って学校とかなくて時間いくらでも余ってるから。シフト入れるときはなるべく入ってって頼まれてるし、稼げるときに稼いどかないとね。…ずっとあそこで働き続けるつもりなら待遇とか今後も長く続けられるペースかとか考えなきゃいけないだろうけど。別に、今だけのことだからさ」
と笑って答えてたので。どうやら今後も変わらずコンビニバイトのフリーターとして生計を立てていくつもりじゃないらしいことはわかった。
それならまあ、多少の無理は効くって考えるのも納得か。これはもう続けられないなってなったら、その時点ですぱんと辞めることもできるわけだから。持続可能かどうかより今はしっかり稼いで、将来に備えて貯えておきたい、っていうのもまた考え方だ。
この先何か新たな目標を見つけて進学するのか、それとも腹を決めて正式な就職先を見つけるのか。どっちに転ぶかわからないが、わたしが横から口を挟める話でもない。
ただでさえ奥山くんの両親がその辺りの見通しについて遠くからやきもきと気を揉んでるのを知ってるから、ここでわたしまで一緒になって圧をかけて彼にプレッシャーを感じさせるのはあまり得策じゃないか。と考えてそれ以上頭を悩ませるのはやめた。
ついこの前までいろいろあって、混乱してる上に頭もいっぱいいっぱいで最近余裕を失ってはいたけど。本来奥山くんは自分の頭で考えて決めることのできる人だと思う。わたしが不安がっておたおたする筋合いのことでもない。
一方でだりあの方はというと、今まさに就職活動真っ最中だ。
「そういえば、昨日面接だったんだよね。どうだった?今度の会社。雰囲気はよかった?」
その日はやや遅めのお昼ご飯に三人が揃った。
夜勤を終えて朝方帰ってきてそのままさっきまで寝ていた奥山くんと、今日は面接の予定がないだりあ。それからまだ夏休みが続いていて午後から道場に行って、そのあと塾講師のバイトに行く予定のわたし。メニューはもうそろそろシーズンの終わる時季が見えてきた冷やし中華だ。
穏やかに尋ねた奥山くんに、だりあは機嫌よくにっこにこで答える。
「うん、親切そうな人たちだったよ。うちで働くとこんな感じだよ、って内容の話が主でこっちのプライベートなことを根掘り葉掘り訊くとか。仕事を辞めて突然上京するなんて実は向こうで何か問題があったんじゃないか?とか。しつこく探られることもなかったし…」
その台詞から推察するに、今まで面接を受けた会社の中にその手の圧迫系の対応をしてきたところも決して少なくはなかったってことなんだろう。昨日の会社はたまたまそうじゃなかった、としても。
だりあはれっきとした成人した大人なんだし。友達があんまり横からあれこれ嘴を入れてくのもな、と思うところはあるのだが。やっぱり我慢できずについ横から要らん口を挟んでしまう。
「…対応してくれた社員の人は。男性?それとも女性だった?」
概要を事前に確認してあるから、昨日の会社がそこそこ女性比率が高いのはわかってる。だけど責任ある立場に就いてる女性が少なめとか、採用の権限を握ってるのが主に男性ってのはないとは言えない。そういう部分からも社風の一端は窺える気がして。
どう見てもわたしほど警戒心が強いようには思えないだりあは、何でそんなことを気にするのかわからない。とばかりにあっけらかんとした顔つきで素直に答えた。
「女の人と男の人一人ずつ。あと、途中で社長が顔出して声かけてくれたよ。若い社員さんも笑って言い返したりしてて、みんな仲良さそうだった。ああいう雰囲気なら仕事してて楽しそう。まあ、受かれば。だけど」
「そっか」
社長がわざわざ中途採用の面接に直々に顔出してくれるあたり、やっぱり中小企業だなって感じだ。和気藹々で気の置けない者同士で働いてるみたいで、それ自体は一見いいような気がするけど。
家族的共同体って、上手く内側に入れれば居心地よくて安泰かもだけど。誰とも合わなくて弾き出されるとか、下手すると仲間内に入ってからの集団虐めのターゲットになる可能性もあるから。一か八か要素が大き過ぎるんだよな…。
他人の求職活動に口を出すべきじゃないと自戒してはいる。だけどそれでもわたしとしては、だりあが働く場所についてどうしても気にかかる譲れない点がやはりいくつかあった。
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