1人が本棚に入れています
本棚に追加
第20章 自分の足で外へ行く
ほんの一週間ほど前になってから急に週末の土日に空いてる宿を探したし、その上予算の問題もあったから(地方出身の貧乏学生二人、フリーターひとり、上京して転職直後の社会人一人。という内訳。どう考えてもお金に余裕があるわけない)。その日わたしたちが泊まる旅館は有名な大手のホテルでもぴかぴかの豪華新築旅館でもなかった。
ほどほどの設備にこじんまりした規模。だけどあんまり気を張った雰囲気でもなくゆるゆるのんびりと、友達同士で温泉を満喫するのにはちょうどいい。
二人用の和室を隣同士で二つ取った。入り口で男女別れてそれぞれの部屋に入り、荷物を下ろしてちょっと年季の入った、でも清潔そうな室内を点検して回る。…特に問題はないし、これで充分。
「ほんとによかったの、部屋割り?今から隣の方にあいつと一緒に泊まりたいって言われてもちょっと、対応しかねるよ。ここにはロフトないし」
特急の車内でも、二つ並びの座席を二列取ったけど。当たり前のようにわたしと並んだ席を陣取った割には、ずっと立ち上がって背もたれ越しにきゃいきゃいと越智とばっかり盛り上がってるので、結局見かねて奴と席を替わってやった。
隣に移動すると奥山くんがにっこりと向けてくれた笑顔が何処となく満足げに見えて、まあこれはこれでいいか。わたしは別に、とはなったけど。
結局終点に着くまで嬉しそうにずっと二人で熱心に話し込んでたし。言い出せなかったけどやっぱり本当は彼と一緒の部屋がよかったなぁ、とか内心で思われてても。さすがに今さらどうしようもないよ。
「布団並べて敷かれるだろうし。この部屋って窓際の廊下もないからね。わたしはまあ、奥山くんの隣でも別に寝られるけどさ。向こうはやっぱり困るだろうな。…ま、今回は仕方ない、諦めてさ。そのうちまた改めて二人で旅行に行けばいいんじゃないの。誰にも邪魔されないしそれなら」
「だから。…うゆちゃん、変なことばっかり言ってからかって。てか、ふざけてるんだよね?今の。表情全然変わらないからわかりにくいけど」
うん。ふざけてからかってはいる、ただ単に。
「なんかこの前から誤解があるみたいだけど。あたしと越智くんは。そういうんじゃないの、とにかく。…少なくとも彼の方は」
耳を真っ赤にして頑なに言い張るだりあ。そう言いつつ、反論の内容からすると自分の方はもうあいつを好きだって認めちゃったのか、本人の中でも。正直なことだ。二人が公的なカップルになる日もそろそろ近そうだな。
「でもまあ、お互い充分好意があるようには見えるよ。そっちに進むも進まないもあんたの決断次第だとは思うけど」
別に恋バナとやらがしたくてこんな話を振ったわけでもない。普段は部屋にいても奥山くんも同じ空間にいることも多いから。だりあと差し向かいでこの件について話す機会も今後なかなかないかもな、と考えて改めて切り出したってのはある。
わたしは自分の荷物をさっさと部屋の片隅にまとめて置いてから、彼女の方へ目も向けずに素っ気ないくらいのもの言いでその話題を締めた。
「でも、わたし個人の感想を言うなら。あんたの将来を託す相手としては正直結構いいんじゃないのと思ってる。あいつなら信頼して大丈夫。わたしがそう思う男って、実はそんなに世の中にたくさんはいない」
「…うん」
そっちに顔を向けてはいないから見えてない。けど、だりあがわたしの台詞に意表を突かれたのか、ふと感じ入ったようなしんみりした声を出したのはわかった。
「かと言って、押しつける気はないよ。うゆちゃんもああ言ってるし、とかそんな風に自分の判断を投げ出さないで。だりあが本心でこの人がいいと思った相手を選びなよ。…前のときは案外そうでもなかったんじゃないの。みんながすごいね、羨ましい。って揃って褒めちぎる男だからきっと幸せになれるんだろう。くらいの考えだったかもって思ってるけど」
「う。…ん。それは、あるかも」
痛いところを突かれたからか、それとも思い出したくもない記憶を呼び起こされたからか。だりあは一瞬口ごもってから苦味を帯びた声で呟いた。
「確かに。…当時はちゃんと彼のことを好きになったんだ、って普通に信じてたけど。今になって思い返してみれば、あれはみんなに一目置かれて全ての物事の中心にいる目立つ存在の彼が、どうしてかわたしなんかに注目して好きだって言ってくれた!っていう喜びであって。彼そのものを好きだっていうのとは違ってたような気がしてきた…」
はぁ〜、とため息をついた方からこぽこぽと水音がしてきた。見ると早くも電動ポットに水を入れてる。どうやらお茶を淹れるつもりらしい。荷解きの前にまず一服、ってか。
「思えば高校入学した時点でも、まだ恋には憧れ程度がせいぜいで。本当に誰かを真剣に好きになったことなんて、今考えたらなかったんだもん。そりゃみんなが羨む素敵な人に告白されたらそれだけでぽっとなっちゃうよね。彼そのものが本当はどんな人かなんて。…こっちもそこまで深く相手のことを見てたわけでもなかったんだなぁ」
最初のコメントを投稿しよう!