第20章 自分の足で外へ行く

2/12
前へ
/24ページ
次へ
ふぅ〜、と微かなため息をついて急須や湯呑みを並べ始める。そこへこんこん、と部屋の扉がノックされる音がした。 「荷解き終わったー?落ち着いたら一旦こっちの部屋来ない?」 遠慮がちに外から声かけてきたのは越智だ。だりあが弾けるようにそっちに駆けつけて明るい声で返す。 「あ、だったら奥山くんも連れてこっちおいでよ!今ね、お茶淹れようと準備してるから。お茶受けそっちにも人数分用意されてた?それも持って来たら?」 「え、いいの?でも一応女子の部屋だろ。入って大丈夫、俺たち?」 「えー平気だよ。いつもは同じ部屋でみんなで寛いでるのに今さら。…別に、入ってもらって大丈夫だよね?うゆちゃん」 最後にわたしの方を向いて念を押す。わたしに特に否やはないので、無言で重々しく頷いてみせた。 「おー、こっちの部屋こんなかぁ。大体同じような感じだな。四人入るとやっぱりちょっと狭いな。思えばお前の部屋、一人暮らしには結構広いよな?較べると」 奥山くんを連れてやって来た越智はわたしたちの部屋の中をぐるりと見回してからしみじみと呟いた。わたしは素っ気なく肩をすくめてそれに一応返事する。 「ここは基本的には寝る部屋だからね。布団が二人分敷けて、手脚伸ばしてゆっくり寛げればいいってサイズなんでしょ。うちは何だかんだロフトがあるのが大きいかな。そっちに服とか荷物しまえてるのもあるし」 「そうか、スペースの使い方が立体的なんだな。上の空間使えてればそれだけ床は広くなるもんな」 まあ。それでもさすがにピアノは置けないと思うけど。 と黙って心の中で呟いてしまってから、別にわたしの部屋にそんなの置くことにはどのみちならないんだから。冗談にしても何言ってるんだか、と一人無言で脳内突っ込みをしてしまう。 キーボード置くにしても電子ピアノ買うにしても、進路が決まったら奥山くんだってあの部屋を出て行くことになるんだろうし。ずっとあそこに置かれるのを想定する必要はない。自立していくときにはそれも持って出て行く。このあともし彼が楽器を買ったとしても、仮の置き場だ。 どのみちわたしが心配することじゃない。なのに、何だって自然に流れるようにそんなこと。考えてしまったのか。 …多分、この子たちがうちにいることに慣れすぎてしまってるんだ、いつの間にか。 お湯が沸いたポットを取りに立ち上がる越智と急須にお茶のパックを入れる奥山くん。湯呑みとお菓子をテーブルの上に並べるだりあ、とみんながいそいそと準備に回るので特にすることも見つからず、わたしはぼけっとその様子を傍から眺めていた。 最初の頃はこうやって自分のプライベートエリアに他人が入って来るのも非常時だから仕方ない。嫌だとか鬱陶しいとか言ってる場合じゃないから、だりあや奥山くんの身の処し方が決まるまでの辛抱だと自分に何とか言い聞かせて。絶えず誰かが自分の部屋にいるのも今だけのこと、永遠にこれが続くわけじゃないんだとひたすら我慢の毎日だったな。 だけど最近はそういう生活にもいつの間にかすっかり慣れて。同じ部屋で誰かが寛いでいたり、楽しく談笑してるのを耳にしているのもごく当たり前の日常になった。 思いの外そんな状況にも適応できるものなんだな。もちろん、これからまた以前のように一人になれたらそれはそれでほっとするし。静かな暮らしをありがたいと感じるのは間違いないと思う。 だけどしばらくの間はやっぱり少しは、寂しいとか物足りないとか。みんなの気配を懐かしいと思うこともあるかもしれないな。 本当にもう少ししたらだりあも奥山くんも、そうなったら当然のように越智も。わたしから離れて行ってまた滅多に顔を合わせることもなくなるんだ。 頭ではそうわかっていても何だか信じられない。とぼんやり考えながら、にこにこのだりあが前に置いてくれた淹れたてのお茶にうっかり手を出してしまいあまりの熱さにあち、と呟き慌ててそれを引っ込めた。 …自分は独りが好きだと信じてたし、他人は誰もそばにいないのがどれだけ続いても全然平気。寂しいとか孤独が嫌だとかは多分一生感じることのない感情だとずっと自負してた。 けど、自分が自分のこと一番完璧に知り尽くしてるっていうのはただの思い込みなのかも。ぽかんと穴が空いたみたいに感じるのはただ一時の感覚で、程なくして慣れてまた元に戻るのは想像に難くないけど。 自分で思ってたより人間嫌いとか特別に他人が苦手ってほどじゃなかったんだな。相手によるのは間違いないけど。気が合うとか遠慮がない人物相手だと、想像してたほど限界に達して切れたりはしないもんなんだ。 と、そのままだったら知ることもなかった新事実に。こうして今になって否応なく気付かされるのだった…。 車っていう足がないので、あれこれ観光スポットを見て回るのも面倒だ。というわけで一旦宿に落ち着いたあとはせいぜい歩いて回れる周囲のエリアをぶらぶらと流して、あとはゆっくり温泉に入って美味しいものを食べて部屋でのんびり過ごそうか。ってことになった。 「…普段やってることとあんまり変わんないな。メンバーもいつもと同じだし」
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加