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思えば本当にこいつのことを友達だ、と考えるようになったのは。あれ以来だったような気がする。それまでは狭い世界で周囲と馴れ合って心地よく生きていけるタイプで、いいやつだとは思うけど自分とは相容れない。って何となく受け止めてた。
…そしてだりあ。この子こそ、自分ひとりでは行動できないし周りに影響されて判断や考えもふらふら変わるし。
こういう子が外に出ても誰かそばにいないと駄目だろうから、地元を出ない方が生きやすいだろう。マイルドヤンキーの人間関係の輪に上手くはまればその価値観の中で周囲の連中に守られて安泰に暮らしていけるんだろうな、とばっかり思ってたのに。
その狹々しい蠱毒の中で何をしてもいい存在、と一旦認定されてしまったら逃げ場がない。何もかも捨てて逃げ出すしか生き延びる術がない、って立場に追いやられることになるとはさすがに想定してなかった。本人も不本意だったろう成り行きで、この子はもうあの土地には戻れなくなった。
いくら今後わたしたちの手で何とかして守り続けるとしても、狭い世間の口さがない噂話は絶えないだろうし。だったらもうすっぱりと地元との繋がりを絶って、偏見の目を向けられることもない自由な土地で生きる方がいい。そこまでして耐え忍ばなきゃならないほどのものをあの町に残してきたわけでもないし。
だりあが戻れないとなると、多分越智もそれと歩を共にするだろうから。おそらくわたしたちはこのままよその土地で人生を終えて、それぞれ別の場所で骨を埋めることになるのかな。
でもそれは全然嫌な感覚じゃない。生まれた土地にこれまで特別強制的に縛られてたとも思わないけど、やっぱり。…自由っていいな、って感じ。
わたしたちは何処へでも行ける。そう思って目の前に広がる途方もない水の塊を見てると。何だかお腹の底から力が湧いてくる気がする。
まだ何も始まってない。これから全てが決まるんだ、何も背負ってない。って思うといっそ清々しい。からんと、何も遮るもののない行手が開けてる。
「…なんか。今ここでこうしてるのが。信じられないなぁ…」
「大丈夫」
だりあが何とも言えない、喉の詰まったような声で呟いた。すぐさま傍らに立つ越智が食い気味に励ます声で呼びかける。
「どこにいても、絶対何とかなるよ。木村にはちゃんと、前向きな心と生きる力があるから。それはこの何ヶ月かで証明できただろ?」
うん。わたしたちが迎えに行ったのが契機になったとはいえ、ちゃんと立ち上がってあの土地を出て行く決意を固められた。正直声をかけても目も耳も塞いで頑なに現実を直視せずに差し伸べた手を拒むんじゃないかって。行く前は内心危惧してたし。
だけど無用な心配だった。わたしが想像してたよりもずっと、この子には前に進むだけの力があった。
一旦目の前の現実を認めてしまえばもうここにはいられない。生き続けるために逃げなきゃ、ってすぐに頭を切り替えることもできた。
わたしと越智が現地に赴かなければきっかけもなくて、あのまま今でもあの土地で雁字搦めに捉われたままだったかも。でも、誰かの助けがなければ抜け出せないのはだりあに限ったことじゃない。たまたまわたしたちが動いたのは運がよかった、それは事実だけど。
そのワンチャンスを活かせたのもこの子の持ち合わせた力だから。そこから抜け出して上京してきてからの成果、資格を取ったのも就職を決めたのもだりあ自身が成し遂げたことだ。胸を張っていいと思う。
「わたしも」
また何か謙遜しようとしてるな。と何か言いたげに越智の方へ顔を向けただりあを遮ろうと思わず口から言葉が飛び出していた。いつも余計な自虐して、って越智やわたしから文句を言われるってわかってるんだから。少しは学習すればいいのに。
それ以上『わたしなんか』って言わなくていい。あんたは充分よくやってる。
「だりあは頑張ってる、できる子だと思う。けど何でもかんでも自分で抱え込むのが立派な大人だからいつかはそうならなきゃ、って考え過ぎな気はする。周りに頼るべき時は割り切って頼った方がいい。一人で完璧に全部できるやつはいないよ。…遠慮なく友達を使えばいい。これからも、ずっと」
「…うん」
だりあは不意を突かれた、といった顔つきで面食らったように小さく頷き、ややあって絶句した。
「うゆちゃんの口から。そんな台詞が出てくるのを聞く日が来るとは正直…。なんか、とりあえず今は仕方ないから手を貸すけど。なるべく早く生活を立て直してさっさと自立して出て行くように。非常時だから受け入れるけど、本来わたしは他人と暮らすのが苦手なんだとか。最初にこっちでお世話になった頃にはそんな風に言われそう、って予想してたなぁ…」
「言える。実際俺もそう思ってた」
越智が傍らで調子に乗ってその台詞に同意する。そりゃそうでしょ。自分でもそう思うもん。すごく率直に言えば内心半分くらいそう考えてないこともない、今も。
だけど奥山くんだけは一人至極真剣な顔つきで、そんな冗談じみた軽い揶揄に大真面目に異議を唱える。
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