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「そんなことないよ。てか、二人だって本当は知ってると思う。他人に関心がないとか周りを見てないとか誰とも関わりを持ちたくないとか。本人がただ口でそう言ってるってだけで、真に受ける必要ないから。現実はそれとはだいぶ違ってる。羽有ちゃんはそばにいる僕たちのことをよく見てるしいろんな細かいところにきちんと気を配ってるし、本当は心根の優しい人なんだ。ただそれをストレートに表に出さないってだけだよ」
「…そう。優しいから、わたしは。こう見えても、案外ね」
あんまり熱を込めて目の前で力説されてもこそばゆいし身の置きどころがないし、もう早くこの話を終えてほしい。と思って軽く受け流してさっさと蹴りをつけようとにこりともせずにそう付け足す。するとわたしの傍らでだりあと越智が何故かこれもやけに生真面目な表情で(おそらくわざと)すんとなって、相次いで深々と頷いた。
「うん。…知ってる、それは。うゆちゃんは優しい」
「俺も。別に知ってた。…今さらだな、そんなの」
最近仕事で忙しくなりかけてるだりあを疲れさせないようスケジュールを詰め込まず、ただ何も考えずに温泉でゆっくりするだけの旅行に設定したのが功を奏した。
そういう意味では不可抗力だけど車じゃなかったのがかえって怪我の功名だったのかも。わたしたちは当てもなく旅館の周囲をぶらぶらと歩いて回り、戻ってのんびりと男女それぞれ温泉に浸かってから再び一方の部屋にみんなで集まってまただらだらと喋った。
夕食を食べて部屋に戻ると既に布団が敷かれていたけど、気にせずまた片方の部屋に集合して何をするでもなく過ごし、思い立って寝る前に各々温泉に赴く。確かに東京でわたしの部屋にいるときと面子も一緒だし、特別なことは何もしてないけど。
特に何かできることもないからやむなくのんびり過ごすしかない。ってのは思ってたより心身をリラックスさせてくれるような。これはこれでまあ悪くない、と感じたのと何よりだりあが終始実に楽しそうだったのでこれでよかったのかな。と腑に落ちた気がした。
「すごい、楽しかった。ねぇ、またこのメンバーでで来ようね?箱根なら思ってたよりずっと近いから。みんなの都合が合ったときに気軽に来られるでしょ?」
帰りの電車の中でややテンションの上がった様子でだりあが声を弾ませる。わたしが口を開くより早く、通路を挟んだ席に座ってる越智が笑顔で受け応えた。
「そうだな。俺も天ヶ原もまだ当分学生だし。木村の予定に合わせられるから今のうちだよな。時間と体力のあるときには気軽に声かけてよ。けど、あんまり無理したら駄目だよ。大丈夫なつもりでも自分で思ってるより疲れてるかもしれないから、そこは充分気をつけてな」
「平気だよぉ。さすがのわたしもそこまでぼんやりしてはいないもん。自分の体力の限界くらいはちゃんと、承知できてるつもりだよ?」
楽しそうなそんなやり取りを耳の端で捉えながら、わたしは何となく越智の向こうの窓際に座って外を眺めてる様子の奥山くんのことが意識の底で引っかかっていた。
別に機嫌が悪そうってわけでもない。さっきまでは微笑んで顔を向けてこっちのやり取りを聞いていたし、今はたまたまタイミング的に外を見ていたってだけのように思える。
だけど、何となくここで咄嗟にそうだよね、またみんなで来よう。って出てこなかったのが、今後の奥山くんの取る進路次第では自分はそこに加われない。って可能性を匂わせてるような気がした。
実際、この四人の中では数ヶ月後、半年後。来年の今頃どこで何をしてるのか、ってのが完全に未知数なのは奥山くんだけだ。
わたしと越智はよほどの想定外なトラブルがなければ一年後もまだ大学三年。だりあは今の職場に特に問題がなければ(切実にそうであってほしい)来年以降もまだ東京で働いてるだろう。わたしと一緒に住んでいるか、状況が順調に運んで独立を達成してるかは不明だがまあともかく。
だけど。奥山くんは来年もまだうちで変わりなく過ごしてるとしたら、それはおそらく一年経ってもコンビニバイトのフリーターのままってことなんだよな。
もちろん、まるで事態が変化も前進もしてないって予想するのは悲観的に過ぎるとは思う。
もしかしたらバイトはコンビニじゃなくなってるかも。本人がその気になればピアノの生徒を募って教えるとかも出来そうだ。触れるのも嫌だ、ってほどトラウマになってないのははっきりしたし。
だけどうちにピアノはないから、このまま東京でそれを生業にしようとすると自宅にピアノがある生徒さん限定ってことになる。そう考えるとまあなかなか実現が難しいのは事実だ。
…でも、せっかくの技能を活かす仕事って考えると。本当は音楽の才能が生きるバイトがいいんだけどね。コンビニよりは奥山くんに向いてると思うけど、現実味は薄いか。
それにどのみち今後何年もバイトで生計を立てるフリーターのままってのもどうかと思うし。やっぱり、精神的にだいぶ落ち着いてきた今はそろそろこれから彼が進む方向を本格的に考えて選択する頃合いだと言える。
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