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本人は口にはしないけど、実際には彼の頭の中ではいろんな想定があれこれ渦巻いて検討されてる最中なんだろうな。
だからこそ、また一緒にみんなで来ようね。と声がかかったときに一瞬相槌が打てなくてつい外を見たまま振り向かずにいたのかな、とか。…少し考え過ぎか。
鮮やかな目に沁みる緑にところどころ混じる町並みの間を、爽快なスピードで一気に走り抜ける特急。ゆったりした快適な揺れが座席越しに全身に伝わってきて何とも心地いい。とぼんやり考えていた。
こんな穏やかなリラックスした状況じゃ、あまり小難しく頭を悩ませたりとかは。今はしたくないかな。
まあどっちみち、取るべき道がはっきりと決まるまでは彼はわたしに何かを打ち明けては来ないだろうと思う。どうしたらいい？とかアドバイスを求めてきたり。あやふやな状態で選択を他人に委ねたりはしなさそう。
自分の中で極限まで思い詰めて、現実の行動に出るときはもう既に全てが決まってしまってる。そういう人だと思う、奥山くんは。
つまりわたしがここであれこれ考えても無駄ってことだな。と思考に蹴りをつけて諦めて目を閉じた。
実際に動き出すときにはさすがにわたしにも報告はしてくれるだろう。黙ってどっか行っちゃったりはないと思うし、それで良しとするしかない。彼の人生は彼自身にしか決められない。わたしが介入しなきゃならない筋合いはそもそもないんだし。
それがいつになるかはまだわからない。だけど、多分そう遠い先の話でもないんだろうな。と特に理由はなくても漠然と、そんな予感がうっすらと頭の中をよぎってはまたすぐに消えていった。
わたしと越智の夏休みが無事終わったあとも、わたしたちの間では平穏な日常がそのまま何事もなく続いていた。
もっとも夏が始まると前とはいろんな部分で違いがある。休みに入る前には思い返せば既にだりあも奥山くんももうここにいたけど。
当時はまだ二人ともとにかく後先考える余裕もなくただ身を落ち着けるのが精一杯。心も身体もぼろぼろだから、ゆっくり休んで回復を待つしかないって段階だった。
だりあはパソコンスクールに通ってはいたけど週二回午後だけでリハビリみたいなスケジュールだったし。奥山くんに至ってはしばらくの間わたしの部屋でぼうっと過ごすのが限界で何かをする、ってことすら全然考えられていなかった。
だからわたしが不在にしてる間でも、大概二人かそのうちの一人は在宅してる状態で。今みたいに帰ったら誰もいない、なんてことは滅多になかった気がする。
外から帰ってドアの鍵を開け、室内に入って内鍵を閉めてからふう、と大きくため息をつく。何となくがらんと感じる部屋の中をさっと見渡した。
今日は塾講師のバイトがない。平日だから当然だりあは仕事、奥山くんもコンビニのバイトに行ってる。ほんの少し前までこうして自分の部屋で独りになることもなかった。そう考えると、やっぱり状況はいろいろと前に進んでいい方に向かってはいるんだよな。
確か今日の奥山くんのシフトは昼番だったはず。つまり、もう少ししたら帰ってきて夕食は家で食べる予定。夜にはだりあも戻るから、三人前の食事を用意しておかないと。
道場からの帰りがけにスーパーで買ってきた食材を冷蔵庫に手早くしまいつつ、頭の中で今夜作る予定のメニューを整理する。…足りない食材はないな。一休みしたらさっさと下準備に取りかかろう。
だけど、そう考えるとわたしもこの夏でだいぶ変わったんだな。
まずだりあたちが家に来る前は常にこんなに食材がいっぱいに入ってることもなかった、この冷蔵庫の中身を見ながら感じ入る。
ほんの少し前まで自炊すらしてなかったんだっけ。初めてあの子をここに連れてきたときには冷蔵庫は空っぽ、キッチンに調理器具も何もなくて。何か作るよ、とだりあが手を挙げたはいいがこれじゃ何も出来ないか。と一目見て半ば呆れて投げ出したのを覚えてる。一人暮らしだと自炊なんて手間の割に合理的じゃないんだ、とあのときは言い返してたのにな。
いつの間にか、夕食は栄養のバランスとコスパを考えてみんなの分を作るのが当たり前になってしまった。自分は料理は得意分野じゃない、とずっと頭から思い込んでたが。
料理は掃除とかと同じに得意不得意じゃなく場数を踏めば誰でも最低限のことはできるもんなんだ、ってことが実感としてわかった。ただの家事であって芸術とかじゃない、プロとしてお金を頂いて他人様に提供するのはまた別の話だけど。
必要性とやる気の問題で、今まではそれが足りなかったってだけだった。まあ、二人がこの部屋から出て行ったあともちゃんと自分ひとりだけのためにこんな食生活を続けられるかって言えば。それは正直怪しいが。
少なくともやる気とか必要に迫られたときにはこのスキルが活きるかもしれないな。と思いつつ豚肉の切り落としと玉ねぎ、人参などを取り出す。
今日はあまり時間もないし凝ったメニューを考えるのも面倒だから。普通にカレーとサラダでいいや。薄切り肉を使って野菜を小さめに切れば煮込み時間は少なくて済むし。
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