第19章 街角ピアノ

6/12
前へ
/24ページ
次へ
今、彼をうちで引き受けてるのはちゃんと先方のご両親の了承の上でなのだが。 さすがにわたしともう一人の同居人は女の子ですよとは正直に言えず、何となく数人の同級生とシェアハウスしてます、男女混ざって四人くらい。と越智を勘定に入れた想定で適当にさば読んでる。 それくらいならまあ、今どき世間でもあるケースかなと思って(もちろんワンルームだってことは言ってない。ロフトで男女寝るとこ別れてますから、なんて藪蛇なことも伝えるつもりはない。かえって心配されそう)。 「二人きりになったからといってわたしたちの間が変なことになるとは思わないけど。それでも奥山くんはやっぱり遠慮するだろうし、まだ生活の基盤が出来てなくても無理してでも出て行きそう。それで実家に帰るか、少なくともご両親からの生活援助を受ける気になってくれればいいけど…。あの様子を見てるとね。頑なに拒んでまたネカフェに逆戻りにでもなったら。それはやっぱりまずいなと思うし」 「そうか、お家の人からのお金は今は受け取れない。って言ってバイト頑張ってるんだもんね。そういえば」 だりあは感嘆するような懸念するような、複雑な顔つきで唸った。 わたしの部屋に同居するってことにとりあえず落ち着いたとき、奥山くんのご両親はわたしに生活費と家賃の折半を申し出てきた。 家賃は別に、一人で住んでても複数でも同じ金額だし割り増しになるわけじゃないので。うちの親への説明も面倒だしきっぱりと断った。一応仮住まいなわけだし、いつまで続くかもはっきりしない状況でいちいち月毎に計算して負担額を決めるのも面倒だ。それに、奥山家には関係ない話だけど。彼から家賃を負担してもらうとなるともう一人の居候にもとばっちりが行くことになるから。 そしたらせめて水道光熱費と生活費は負担させてとお母さんには懇願された。けど、それを知った奥山くんは頑として首を縦に振らなかった。 「向こうでは自分で稼げなかったから一から十まで結局親の負担に頼るしかなかったけど。こっちでは一応バイトくらいは出来るんだから自分で何とかするよ。こうやって目的も決まらずふらふらしてるのは僕の不甲斐なさのせいで、自業自得だから」 そう言って、コンビニのバイトで稼いだ分を生活費としてわたしに渡してる。そんなのいいよと断ってはいるが、水道光熱費はともかく食費は確かに人数分かかるので。 だりあも貯金の中から毎月何がしかの金額を出してくるから、それらを合わせてプールしたものを使ってスーパーで食品と日用品を買う。ってルールがいつの間にか自然と成立した。あまり細かくいちいち三人で割ってたら本当に面倒だし、まあまあその辺はざっくりだ。 そんな風に何となく成立してる共同生活なのだが、だりあが出て行ったら奥山くんはきっと自分ももう残れないなってなると思う。今だって微妙に気が引けてて居づらそうに見えるときがあるし。何だかんだ言っても図々しさのかけらもない遠慮しいではあるから、性格的に。 「本人が自立しなきゃって心に決めてること自体は立派だと思うけど、それも限度ってものがあるからね。ご両親に頼るべきところは頼っていいと思うんだ、まだわたしと同い年なんだから学生でおかしくない歳だし。…でも、もしかしたらやること決まらないならもうこっちに帰って来なさい、って言われるのが嫌なのかも。まず絶対そう来るだろうしねぇ。今の状況だと」  「…まあ。気持ちはわかる。なんの当てもなく地元に帰ってそこで一から職探しやり直し、って考えるだけできついよね。大した仕事もないの、目に見えてるしなぁ」 自分の身の上に重ねるとまた共感もひとしおらしい。考えただけでもう憂鬱、と言わんばかりの様子でしみじみと頷く。 まあ、あんたの場合は。職があろうがなかろうがそもそも地元に戻って平穏に普通の生活をするってのがもう無理だから…。そんなに故郷を懐かしむようでもなくあっけらかんとしてるから、見ているこっちもまだ救われるが。 「そしたらある程度奥山くんの行き先が決まるまで、わたしももう少しここにいた方がいいのか…。なんか申し訳ないけど、うゆちゃんには。部屋が狭く感じるよね。もともとものが少なくてロフトもあって、一人だと広々使えてたのに…」 いちいち縮こまらなくていいから。とわたしはあえて素っ気ない口調で返した。 「うん。まあ奥山くんのためだと考えて、あんたももう少しここで我慢しなよ。どのみち今の会社でこのままやってけそうって確実に目処が立ってからでいいでしょ、住むとこ決めるのは。もうしばらく仮住まいが続くってだけだよ。奥山くんの身の処し方が決まったらあんたも晴れて堂々と出て行けばいいから」 それで例えば越智の大学の寮の近くとか、もしかしたらあいつも寮を出て二人会いやすいように揃って近くに部屋を借りるのかもしれないな。 まあ、そこまでわたしが口を出す筋合いでもない。あれならまず間違いのない男だと思うから、二人でしっかり考えて好きなようにすればいい。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加