第19章 街角ピアノ

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そう考えるとだりあだけじゃなく、奥山くんにとっても今回のちょっとした旅行はリハビリというかご褒美というか。それなりに期するものがあってもおかしくはない。 つまり、こんなのあってもなくても別にいいのに。と心の底から考えてるのはどうやらわたしだけなんじゃないか。だったら単に行って一泊して朝帰ってくればいいだけのことだから。 一人でいつまでもぶつぶつ不平を言っててもしょうがない。ここはみんなに合わせとくしかないんだ、ともう諦めて割り切った。 当然越智が今回も先輩から車借りてくるんでしょ、だったら到着するまでただじっとそれに乗って移動すればいいんだし。と舐めてふんぞり返ってたらそう上手くは行かなかった。 「いや先輩んちの車ってファミリーカーだからさ。実家のお父さんが普段使ってるってやつなんで、週末は無理だよ。今までは平日だったから空いてたけど、今回は木村も土日じゃないといけないもんな。社会人になっちゃったし、仕事あるし」 なるほど。それは仕方ない。 考えてみたら、一度目に車借りたときは取るもとりあえず地元のだりあの許に駆けつけたときで確かあのときも平日だった。この子の仕事終わりに待ち合わせしたから、はっきり記憶にある。 二度目のこの前は夏休みではあったが、海水浴場が混んじゃうと嫌だから学生の特権とばかりに平日を選んだんだ。あの時点ではだりあもまだパソコンスクールの受講生の身分だったし、土日じゃなきゃ予定を入れられないなんてこともなかった。 他に車を借りられる当てのある相手の心当たりはメンバーの誰にもなく、やむなく結局は箱根まで電車で移動することになった。 荷物持って駅まで行って電車に乗るのうんざりするほど面倒くさい。と心底気が重くなったのはどうやらわたしだけで、他の三人はむしろ結構それも楽しみ。とわくわくしてる様子だ。 「特急券買って指定席取る?それとも普通で各駅停まりながらのんびりごとごと移動する?それも案外楽しそうだよねぇ、見たことない駅が途中にいっぱいあって。どうせわたしたち、お金はないけど暇はあるし。みんなが通勤するような車輌でだらだら時間かけて行くのもありかも」 越智と額を突き合わせて計画を立ててるだりあが不意にこっちに顔を向けて、浮き立つ気持ちを抑えきれない声で突然話を振ってくる。わたしは内心で閉口しながらそれに言葉を返した。 「どっちでもいいよ。…だけど、帰りだけは指定席がいいかな。座れなかったり混んでたりしたらストレスすごそう。ただでさえ疲れてんのに…」 「それはそうだな。…うーん、でもそうすると。結局指定席取っとくんなら、もう手間は同じだから往復券買っちゃおうか。時間決まってる方が慌ててばたばたしなくて済んでよくないか?」 越智がそう言ってスマホに視線を落とし、寄り添うだりあが身を乗り出して一緒にそれを覗き込む。 その様子を見てるととっくに気持ちの通じ合ってるカップルにしか見えないし。てか、いちいちこっちも口に出して確認までしないしする気もないけど。この二人もしかしたらもう既に付き合ってるんじゃないか。それでも全然おかしくない。問題もないけど。 「別にわたしや奥山くんに遠慮する必要ないから。もしあんたたち、一緒の部屋がよければそうしてもいいよ?その場合わたしたちはちゃんと別々の個室にしてもらわないと困るけど。一応世間の目の手前として」 その後越智が帰ったあとに念のためそう確認してみると、だりあは一瞬で首から上を真っ赤に染めてあたふたと言い訳を始めた。 「そんな。…それは全然ないよ。あたしなんか、彼みたいな人には。相応しくないし…。その、いろいろあったし。全部知られてるのに、どんな顔して…。越智くんは親切だから。わたしから言ったら嫌だって断ったら可哀想、って同情しちゃって。はっきり拒めなくて困るんじゃないかと」 しどろもどろな割にいっぺんにいろんなことがわっと溢れてきたその様子から、普段から密かにあれこれと自分の中で思い悩んでる状態が伺われる。 やっぱり過去のこと、内心ではずっと引きずってるんだな。わたしは肩をすくめてなるべくクールな口調で何でもないことのように片付けた。 「あいつに限ってそんなこと考えないよ。過去に何があったってそれがあんたの意思や選択で起きたわけじゃないなら。だりあの本質には関係ない話だってちゃんと理解してるはずだし。あんた本人がどういう人間かってことしか見ないと思う。もちろん、その可愛い顔のこともまるで意識してないわけじゃないだろうけど」 「可愛いとか。…うゆちゃんに面と向かって言われると、照れるな。あたしなんか全然、うゆちゃんの方が。綺麗だよぉ…」 不審にくねくねしながら、あっまた自虐しちゃったぁ、と自分突っ込みを入れてる。別に自虐ネタ禁止したのはわたしじゃないが。当然あまり好ましいとは考えてないから、その反省については素知らぬふりをした。 ただまあその滅相もない、と言わんばかりの反応を見るに。まだ二人は思いを告げ合って正式に付き合ってるわけじゃないのか。どっちがどっちに告白しても上手くいくことは傍から見ても目に見えてるのに。
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