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序
六発あった弾はすべて撃ち尽くした。
土間の暗がりのなか、積み上げた俵に身を隠した若者は己が心の臓の音のあまりの大きさにおののいている。
静かに……!静かに…!あの男に見つかっちまう……!
「草介や」
存外の近さから粘っこく囁くような声が降ってきて、若者は冷水を浴びせられたかのように縮みあがった。
叫び声が漏れないよう、咄嗟に両手で口を塞ぐ。
「まったく、聞き分けのない子だねえ。ちょいと話をしようじゃあないかね。そうだ、大人しく言うことを聞いてくれりゃあ、粒銀を一握りあげよう。いや、二握りだって構やしないよ。だから、ねえ」
暗闇に火が立ち、轟音が鳴り響いた。
男が放った銃弾は、草介の頭上の俵を貫通して塵芥を撒き散らす。中身の米がざあぁぁっと音を立てて零れ落ち、若者に降り注ぐ。
草介は、銃声に漏れ出た無意識の悲鳴を止めることができなかった。
「おや、そこかい。女のような声で鳴くじゃあないか。ふっ、くくっ」
ざりっ、と近付いてくる足音に向かって、草介は己を奮い立たせるように叫んだ。
「あ、ああ、あんたは、お旗本だったんだろ!こんな…こんな…でえじな郵便とか…銭とか……殺して掠め取るなんざあ、追い剥ぎと変わらねえよ!」
「ああそうさ。何が悪いってぇ言うんだい。新政府の連中だけじゃあない。旧幕の間抜け共もみぃんな追い剥ぎみてえなもんさね。お前さんに説法される覚えなんざあ……ないよ!」
もう一度銃が吼え、今度は草介のすぐ足元に土埃が立った。
「聞き分ける気がないならせめて楽に逝かせてやろうかねえ」
ガチャリと撃鉄を起こす冷たい音が立ち、男が若者へとさらに歩を進める。
と、その時。
突如として土間の木戸が蹴破られ、あまりのことに男は咄嗟にそちらへと銃口を向けた。
「誰だい!」
動揺のあまり放たれた金切声の先に、提灯の薄明かりで佇む男の姿が浮かび上がった。
草介と同じ、袖と裾に赤い線の入った紺の詰襟とズボン。韮山笠の下の表情は伺い知れないが、腰に巻いた晒の帯には刀を差している。
ずいっと土間に足を踏み入れたその男は提灯を掲げ、深みのある声で朗々と、
「郵便でござる」
ただ一言、そう宣した。
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