第一章 長と客人 ⑨見えてっけど見えてないみたいな

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第一章 長と客人 ⑨見えてっけど見えてないみたいな

 ザイダルは、表向きは「外資稼ぎに魔物ハンターをしてくる」と谷の人びとに説明していた。  じっさい、ずっと留守にするわけではなく、一年のうちの数週間は戻っていたそうだ。  皆はそのたびの土産話や物資を楽しみにしていたが、やはり独り身の谷長が一人でふらふらしているのは心配だったらしい。  もう、どこにも行かないと明言すればしたで縁談攻めに合うのは目に見えている、とも。 「で? いい女性(ひと)はいましたか?」 「いや全然」 「…………」 「…………」  鉄板係を終え、余りの部分を角状にさっと焼いたものを自分用にてんこ盛りで持ってきたジェラルドも同席するなか、内輪話は止まらない。  ……ワインを飲むコリスとサイコロ肉を頬張るジェラルドの視線が何気に痛いのは、なぜなのか。  まあ、ひとの恋路やお家事情に首を突っ込むものではないな、と即断して仕事の話に戻る。そもそも、ここへ来たのは彼からの依頼があったからなのだ。  こほん、と咳払いで流れを変える。 「ザイダル。『おれに向いてる仕事』と言いましたよね。最初は、コリスさんから()()()()を聞いて、それを解決したらいいのかと思ってました。合ってます?」 「ああうん。合ってるよ。手紙でよく訴えられてたやつな。速攻で対処してくれたみたいで礼を言う」 「あ、いえ。それは全然」  ――ちら、と隣で(いつの間にか)サイコロステーキを平らげてしまった虎耳のギルドマスターに視線を遣った。  性別詐称はバレていたからいいとして、本職のことは出来ることなら隠しおおせたい。  目が合ったジェラルドは、ん? と、無邪気に首を傾げている。そうしていると微妙に猫科の愛らしさがあるので、ちょっとほだされそうになった。いかんいかん。  気を取り直し、表情を改め、きりっと正面の依頼主に向かった。 「見たところ、谷には根本的な問題があると思う。いまは平和でも、将来的には? 魔物だって、ああいうのだけじゃないだろう。徒党を組んで、群れをなして集落を襲うやつだっているんだ。おれが見る限り、ここの皆は不用心すぎる。できれば、その解決への手伝いをさせてほしい」  真剣になるあまり、自然と敬語が取れてしまった。  (あっ)とは思ったが、後の祭りだ。  しかも、当のザイダルはまったく頓着せず、むしろ嬉しそうに目を細めた。テーブルに肘をつき、半身を乗り出して顎に手をやる。黒っぽい瞳はきらきらとしていた。 「助かる。報酬は当分、館での無料滞在になるがいいか? ()()()()が元気になる、画期的でいい方法を見つけてもらえれば恩に着るし、別途料金も支払う。大陸金貨なら多少はある」 「! それはどうも」  あいつら、の指すところが、消滅を待つばかりになった獣神たちなのだと直感的に悟った。  報酬は願ってもないし、支払いについても渡りに船だ。単身で老後の蓄えも要る。個人資産は持ち歩きしやすいよう宝石に都度変えているが、大陸金貨はどの国でも一定の価値があるのが魅力だ。  満面の笑顔で握手。難易度はともかく、条件は最高の交渉成立だった。 「よろしくお願いします」 「おうよ」  ――――――――  固く結ばれた手とまなざしを横目に、飲んでも飲んでも顔色を変えないコリスが、しれっとジェラルドに話しかけた。 「……ジェラルド。あんた、熊男(これ)、どう思う? シオンさんの性別(こと)は知ってるのよね。わたしの目がおかしいのかしら? なんだか叱り足りないんだけど」 「あ〜〜、それわかる。なんかもどかしいよな。こう、見えてっけど見えてないみたいな」 「それよぅ!! それそれ!」  和気藹々と会話が弾み、笑顔がこぼれて酒も消える。  谷はこの日を境に、長年留守がちだった長と、ちょっと風変わりな客人を得た。
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