序章 あたらしい生活 ①はじめまして!

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序章 あたらしい生活 ①はじめまして!

(これは…………撫でればいいのかな。いや、でも『触るのはいい。だが触られるのは御免被る』とかって、気まぐれルールがあっても可怪(おか)しくは)  ――ねこ。  たとえるならば、その行動パターンはしなやかな猫科の動物に近かった。  けれど、目の前で金色の尻尾を惜しげもなくぶんぶん振りまくる女性給仕(メイド)さんは、あざやかな濃い桃色の髪から覗く耳を半ば垂れさせている。  耳も金。混じりっけなしの、これは貴色(きしょく)だ。 (尻尾もふさふさだし。どっちかっていうと犬……? ひょっとして、太古に失われた金色大犬(ゴールデンウルフ)の血脈なのかも)  まじまじと少女を見つめていると、ふいにこちらの右手を元気に上下させていた彼女の両腕が止まった。  ぐい、と覗き込まれる。負けじと見つめ返されている。 「あの」 「はじめまして! わたし、ここの管理を任されています。祠守りの“コリス”です」 「…………こりす」 「違いますよ? 栗鼠(りす)じゃないですよ?」 「あ、ああ。ごめんなさい」 「わかればいいんです」  コリス、と名乗った少女はにっこりと笑った。  華奢な顎のあたりで切りそろえられた真っ直ぐな髪が揺れる。  そのさまに、ぼうっとする。  すると、地面に置きっぱなしだった鞄を取られてしまった。声をかけようにも素早く背を向け、建物へと向かってしまう。 (!)  とたんに我に返った。 「ちょっ……、コリスさん! 持つよ。おれの荷物なんだから」 「いいえ。隣の国の法術士さま。そんなひょろっこい腕で、よく今まで女性に間違われませんでしたね? 獣人の谷(ここ)は、女子どもまでみーんな、力持ちなんです。お構いなく」 「えええ……」  眉尻を下げた。つい、情けない声が漏れてしまう。  ――ひょろっこい。  たしかに反論のしようがなかった。  苦笑して素直に礼を述べる。急ぎ、彼女のあとに続いた。  リズミカルな歩速に合わせているのか、バランスをとる尻尾はどうにも楽しそうだった。 (……)  さああっ、と、風が渡る。  当たり前だけど、故郷でいつも嗅いでいた潮の香はしない。  どこまでも澄んだ森の匂いに目を細め、あおられる髪を押さえた。視線を辿ると、ほつれた綿菓子のような雲が頭上を流れてゆく。  素朴だが、どっしりとした構えの石造りの館が近づいていた。  とはいえ、あまり暗くはない。青空に映えている。  コリスは蔦に覆われ、小ぢんまりと隠されている木の扉をめざして迷わず進んだ。 「あっ」 「?」  ピタリ。  ふいに尻尾が止まり、文字通り尾を引いて半回転。彼女が振り返った。あっけらかんと訊いてくる。 「法術士さま。お名前は?」 「――“シオン”。しおん、だよ」 「シオンさま」 「うん。でも、ただのシオンでお願いします。おれ、故国では無官だったから」  びっくり眼のコリスはやっぱり、心がほんわかするほど可愛かった。
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