序章 あたらしい生活 ③任せてください!

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序章 あたらしい生活 ③任せてください!

 一般的に獣人は身体能力に恵まれているが、奇跡のわざは使えないとされている。  いっぽう、人間はさほど優れた能力は持たないものの学習能力や柔軟性に秀で、大陸に散らばる異種族の間を取り持つような側面がある。  ――平時であれ、戦時であれ、良くも悪くも『自分たちより優れたもの』を求め、取り込まずにはいられない。  それこそが人間の性であると、故国の聖職者らは口を酸っぱくして説いていた。  が、そんな平々凡々なはずの種族に、ごく稀に法術と呼ばれる神秘のわざを発現させる者が現れる。  彼らの多くはごく幼いころに力を顕現をさせるため、有無を言わさず神殿に引き取られた。  表向きは奇跡のわざの使い手として、平和を尊ぶ女神の意志に背かぬよう徹底的に教育を施されるのだ。  その内実は。 ((てい)のいい労働要員だよな。うちの国は王権と神殿がずぶずぶだから……確かにきっちり教育を受けた法術士は、みんな高位の官職を得るけど。年がら年中あっちの戦場、こっちの現場と駆り出されて、いったい何のための“力”なんだか)  思い出し、遠い目となる。  自分もあやうくそうなるところだったからだ。  幸い“力”がバレたのが成人後だったため、高尚なる教育とやらは数ヶ月の講義で済んだが。  法術士は、休日は各地の神殿で法話まで担当したりもする。おかげで民からの尊崇は篤いものの、報酬自体は低い。下官レベルで微々たる額。昇給はない。  衣食住を神殿に保証されており、清貧を重んずる聖職者としての気風が云々と聞いたが、講釈を垂れる上官が何を言いたいのかは、当時さっぱりわからなかった。  あらためて溜め息をつく。 「おれ、向かないからなあ……。そういうの」 「ん? 何がです? シオンさん」 「いえ、こっちのこと」 「そうですか」  まったり、ほっこり。ミントの爽やかな香りに紅茶の湯気。かすかにバニラの風味がするクッキーはコリスのお眼鏡に叶ったらしく、嬉しそうに両手で頬張る姿に癒やされる。  飾り気のない素朴な木のテーブルの両脇に長椅子がニ脚。その対面に互いに掛けている。  今夜の夕食は、コリスが腕によりをかけて作ってくれること、今度はちゃんとお客様らしくするように念押され、大人しく「はい」と請け負った。  シオンは、ちらりと窓の外を見る。  まだ昼過ぎだ。夕刻までは荷ほどき以外にすることがない。さて、どうしようか――  そこで、ぴん、と思いついた。 「ね、コリスさん。おれは旅先で(ここ)の長に会った。で、依頼というか…………滞在先を世話してくれた。根無し草よろしくフラフラしてたからね。大事な恩人でもあるんだ。まずは彼の言いつけを片付けたい。“祠”はどんな感じ? そんなに荒れてる?」 「荒れてる」  コリスは金色の耳を一瞬、ぴくんとさせた。顔はおそろしく思案げだ。口角を下げて宙を睨んでいるので、よほど真剣らしい。  やがて視線を戻すと、口いっぱいにあったはずのクッキーをきれいに嚥下して、大きく頷いた。 「見たほうが早いですよね。どんな状態なのか。いいでしょう。わたしも立ち会います」 「! いいの?」 「はい。明日でもいいかなって思ったんですが。シオンさんは、細っこいのに元気なかたですね。着いて早々お仕事だなんて」  もちろんご案内は任せてください、と、コリスは胸を叩いた。
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