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序章 あたらしい生活 ⑤いでられませ
(二人……、三人。話し声?)
ドアノブを回して生まれたわずかな躊躇。一旦手を止めた。
――いる。間違いない。
確信の瞬間は本能だった。勢いよく扉を全開にする。
「誰だ!? そこにいるのは………………って。あれ?」
予想外にひらひらと目の前で布が揺れる。カーテンだ。間仕切りの衝立からは薄い紗が垂れており、それが視界を阻む。
急いで掻き分けたが、残念ながら中はもぬけの殻。誰もいなかった。
きれいに磨かれた石の床。履き物を脱いで祈りを捧げるタイプの祭壇が正面に設えられ、シオンも知っている三柱の獣神像があった。
背に五色の羽を生やした鳥相の青年神ガルーダ。
雄々しい獅子神レオニール。
半人半馬のおだやかな賢神ケントウリ。
祈りを捧げる場所にふさわしく、遥か高所に天窓がある。上からは自然の光がやわらかく注いでいた。
祭壇。調度品。ざっと視認しても荒らされた形跡は特にない。おかしいな、と首をひねりつつ、それでも違和感を覚えて後ろを振り返る。
「えーと、コリスさん。これは?」
「ご覧のとおりです。何者かがたびたび侵入してるのは間違いないんですけど。こう、こっちが入ると必ず消えちゃうんですよ。お掃除だってしなきゃいけないのに困っちゃって」
「なるほど」
ぺらり、と丸く編まれた敷物をめくる。地下への抜け道がある様子はなかった。
六角形の壁面も同様、丹念に手で触れて確認したが仕掛けがあるわけではない。
そもそも館の扉は施錠されていた。鍵は管理者のコリスしか持っておらず、外部の者が自由に出入りするのは物理的に不可能。
――であれば。
腕を組んで目を閉じた。うんうんと頷く。それしかない。
「幽霊かな」
「!! えぇっ! そんな、あっさり!?」
「違うの?」
「いや、知らないですけど」
コリスは扉の枠組みに手を添えたまま、ひょっこり上半身だけを覗かせていた。
なんだこれ。可愛いか。
「コリスさんには、全然心当たりがない?」
「ううう」
眉根を寄せて、心なし耳もへたっている。
(……撫でずにいられなくなるのは、時間の問題かもなぁ)
なんて衝動に負けそうになりながら、流石にそろそろ本職に戻ろうか、と、手を叩いた。三度。
「『いでられませ、鳥神、獅子神、半馬神。いたずらに愛し子をおびやかされませんように』」
「――へ?」
ぽかん、と口を開けたコリスが祭壇を凝視する。
そんな馬鹿な、と如実に顔が語っていた。
べつの声は突然に降ってきた。
「なんじゃ、気づいておったか。つまらん女子よの」
「!!! えっ。おなご……へっ? 嘘おぉーーーーっ!!?!?」
ぐるぐると目まぐるしく驚き続けたコリスは、最終的には『そっち』に着地した。
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