序章 あたらしい生活 ⑥なんかごめんね

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序章 あたらしい生活 ⑥なんかごめんね

 シオンは天を仰いだ。  この場合、どの辺を嘆けばいいのか……。  すると、察したようにどこからともなく現れた獅子がシオンの肩に()()()()()。それくらいに小さい。  重量はなく、体型はちょっと仔ライオンのよう。ふさふさの(たてがみ)が頬に触れてくすぐったい。  獅子神レオニール……で、間違いないのだろう。彼は、何でもないことのように口をひらいた。 「嘆くな、乙女」 「シオンです」 「――そうか、シオン。良いではないか。べつに女性だからといって、魅惑的()つふくよかであらねばならんということはない」 「そうだとも! 俺はぺたんこでもいいぜ」 「失礼だな。無くはないですよ、鳥神」 「水くせぇな。『ガルーダ』でいいぜ」 「………………そうですか」  げんなりと吐息し、右肩の獅子(レオニール)と左肩の極彩色の鳥型小人(ガルーダ)の左右同時音声に耐える。  背後ではおもむろに(ひづめ)の音がした。 「わ、あ、あの」 「驚かせて済まなかったね、管理人。永い時を生きる我らにもちょっとした事情があって」 「え? いいえ、はい」  コリスはどっち付かずな返事をし、目を白黒とさせた。  半人半馬のケントウリだけは、かろうじてポニーほどの大きさだった。  つやつやとした馬体に浅黒い人間の上半身。絵姿や彫像でよく見られる髭の男性ではなく、むしろ少年だった。  黒い髪は背の鬣に繋がり、瞳も黒。表情は賢神らしく思慮深い。そのままカポカポと入口に近寄り、固まるコリスに話しかけている。  やがて、コリスはようやく肩の力を抜いた。三神を順に眺める。 「つまり……、犯人は貴方がただったんですね? ときどきお供えものの干菓子が消えるのも」 「すまん」 「お花の実だけが食いちぎられていたのも」 「出来心ってやつだ」 「申し訳ない……。止めようがなかった」 「あっ、いいえ。ケントウリ様。元々獣神様へのお供物だからいいんです。でも、どうして? その…………ごめんなさい、そんなお姿で」 「!!! ぅぐっ」 「ガハッ!!」 「まあ、そうだな。そう思うだろうね」  あはは、と、どこか天真爛漫な笑顔を浮かべたケントウリだけが長閑な様子で応える。ほかニ神は、それぞれ悲痛な表情で胸の辺りを抑えていた。  コリスは、今度はシオンに視線を定めた。 「シオンさんは、いつ気付いて?」 「うーん……。入る前から邪気はなかったし、どちらかといえば地底小人(ドワーフ)か妖精のいたずらかと。けど、入ってみれば部屋に“穴”はなくて、神気のほうが強かった。だから」 「だから……」  まじまじと見つめられ、ちょっと肩をすくめると、ふわりと両方から二神が離れた。それぞれがケントウリの頭と背に乗る。――なかなか風変わりな図だ。(獣神画として)  (ほう)けたままのコリスに、もうどうにもむずむずとして抑えられず、シオンはとうとう歩み寄って彼女の頭に手を乗せてしまった。耳には触れないよう、そっと撫でる。 「ひゃっ!? あああの、シオンさんっ?」 「なんかごめんね。可能性くらいは話しておけばよかったかな。まさか、こんなに怖がってたとは知らなくて」  ――――――――  その後、なぜか涙目のコリスに「本当に女性なんですか」と念押され、やや複雑な思いで「女だよ」と答えた。  流れとノリで、その日の夕食の支度は、結局ふたりですることになった。
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