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序章 あたらしい生活 ⑧はい無理、はい却下!
「ふー……」
ぱたり。
湯を使わせてもらい、部屋に戻ってからは寝台へと直行した。遠慮なく倒れ込むと、広がった髪からはほくほく湯気が立っている。
真っ白な寝具は清涼なカミツレとお日様の匂いがして気持ちいい。丸眼鏡を外し、おざなりに枕元に置くととたんに眠気の波が押し寄せた。
濃密だった一日を思い、目を閉じる。
(女神か、神の加護の深い女性、か)
胸中に浮かぶのは、夕食前にケントウリが話していたことだった。谷の長ザイダルが長年かけて大陸中を探す、彼が妻とすべき女性の条件を。
ごろり、と仰向けになる。
溶けそうになる意識の中、うつらうつらとその具体性と可能性を探った。
――――シオンが知る限り、神はどこにだっている。名もない泉の底にも、風渡る空の奥津城にも。
ただ、ひとはそんな場所に到底たどり着けはしない。極論、神の気まぐれが必要となるのだ。
……けれど。
「ザイダルはいい奴だけど、どの女神も英雄とか初心な美青年を好むんだよな。あとは加護。加護持ち………………、うう〜ん」
じつは、セイカの抱える法術士たちは生まれながらに豊穣を司る大女神の加護を授かっている。
そのことを、自分は幼いときに養い親から聞いた。
養い親自身も潜りの法術士だった。それで、神殿に引き取られずともさまざまなことを教われた。自由闊達なひとだった。
加護の深さは千差万別だが、だからこそ法術士の卵は子ども時代――言葉を覚えるころ――に、“力”を発現する。
鍵を握るのは“願い”と“言葉”。
そして、世間ではあまり知られていないが、よこしまな欲望が叶うことはない。
ゆえに、奉仕の心を原点とする神官位を得ることは、本来は理に適っていた。
国の、法術士の扱いが問題なのであって。
「……だめだ。ここはセイカと国交もあるし、ザイダルは谷の長。使者やら間者に見つかる予感しかない。はい無理、はい却下!」
そもそも。
あの男にも選ぶ余地はあるし、ケントウリだって、「すぐに消えるわけではない。あと数世代は望みを託してもいいだろう」と言っていた。
放逐(※ひどい)当時十七歳だったザイダルには、最終的に獣神たちの合格をもらえるお嫁さんを探せずとも、気に入った女性がいれば谷に連れてくるといい、とまで伝えているらしい。
(ほんと……、おおらかだな)
そこまで考え、もぞもぞと布団に入る。
すう、と、寝息を自覚することもなく眠りに落ちた。
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