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【おとこおんな】!?」と聞き返した声が大きいとばかりに、人差し指を唇に当てて睨みつける津原。
「今時の言葉で【ゲイ】って言うんですか? 本人がそう言ったそうです」
「彼、カミングアウトしたんだ……」
「カミング……?」と怪訝そうな顔をする津原をよそに『まさか、村人に公表するなんて……』と、成瀬の覚悟の様なものを感じた松岡は息を呑む。
「でも、いきなり告白されて驚きませんでしたか?」
「わたしは人づてに聞きましたけど。まあ、最初の頃は変な目で見られて苦労されていました。それをあの池田の爺さんが村に馴染めるように色々橋渡しをして。仕事ぶりも真面目だし頼りになるから、みんなも次第に打ち解けていったって具合です」
松岡は彼女の言葉を整理した。
成瀬は同僚だった男を介して数年前ここへやって来た。村人にゲイだと公表して偏見を持たれたが、今では信頼を得て仕事をしている。そして、同僚の男は既に亡くなっていて……
頭の中で最後のピースがはまる音がした。
恐らく…… 否、十中八九 男と成瀬は恋人同士で、男の形見の指輪を肌身離さず身に着けているのだ。
成瀬の過去がおぼろげながら解き明かされて ぼんやりしていたら、出来上がった料理をテーブルに並べる津原から たしなめられる。
「先生は成瀬さんと一緒に働いたことがあるんでしょう?」
「もうずいぶん前だけど」
「初対面じゃないのに遠慮して。さっき私に聞いたこと、直接本人に尋ねればいいのに」
「【おとこおんな】のこと?」
「それじゃなくて、ここへ来た理由とか。多分、成瀬さんも先生のことを色々知りたいんじゃないですか? 例えば、公立病院の副院長だったのに辞めた訳とか」
「僕はね、残りの人生を僻地医療に従事したいと思って……」
「それは建前で本当は色々あるんでしょ?」
「……」
「そうだ、親交を深めるために花見でもしませんか?」
「花見?」
「診療所の向こうに大きな桜の木があるでしょう? 明日の昼、そこにゴザを敷いて弁当を食べましょう。私が作りますから」
そりゃあ、成瀬との距離を縮めるためにそうしたいのは やまやまだが、自分のことを話すのが億劫で返事を濁していると
「これから一緒に仕事をしていくんだからもっと仲良くならないと。だから、花見は決定。今晩、成瀬さんに電話をして予定を空けておくよう言って下さい」
「それ、急すぎない?」
「桜も今日明日がピークなんです。お昼ご飯を外でちょっと食べる位、どうってことないでしょ? だから、お願いしますね」
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