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「大層な心掛けじゃないですか! まだここへ来て日が浅いから、皆 様子見していますけど、頼られるのも もうじきですよ。ねえ、ひかる先生?」
すると、傍で話を聞いていた成瀬の唇に笑みが浮かんだ。
「僕もそうでしたけど、一旦心を開いてくれると親戚の様に気さくに応じてくださいますから。ほら、ここにいる皆さんみたいに。だから、心配されなくても大丈夫です。それから津原さん、その『ひかる先生』っていうの止めてくださいよ。僕は看護師であってドクターじゃないんだから」
その言葉を聞きながら、松岡は成瀬の顔を見つめた。
彼が二十代の頃、その体躯からは若竹の様なしなやかさと春風の様な爽やかさが溢れていた。しかし、二十数年たった今では落ち着きと自信、そして色気が滲み出ており、彼のその後の人生に嫉妬を覚える。
「みんな、君が優秀だからそう呼ぶんだよ。でしょう?」
松岡から同意を求められた津原は「優秀、優秀」と笑ったあと、二人の顔を見比べると
「そういえば、むかし一緒に働いていたんでしょう? どうです、久しぶりの再会は?」
この問いかけに顔を見合わる松岡と成瀬。どちらが答えるか視線で探り合っていたが、口を開いたのは成瀬だった。
「そりゃあ驚きましたよ。まさかこんな所でお会いするなんて思わなかったから。でも、先生で良かった。仕事ぶりは良く知っているから安心だし…… って、上から目線でスミマセン」
「松岡先生、成瀬さんの若い頃ってどんな感じだったんです?」
「あの当時、男性の看護師は少なかったんですが、仕事ができるから皆から頼りにされていましたよ。それは今でも変わっていませんね」
そんな当たり障りのない返答をしたものの、松岡の心中は穏やかではなかった。『先生で良かった』なんて言われたけれど、あんなの嘘っぱち。内心『厄介な奴が来た』とでも思っているはずだから。
「成瀬君はここへ来て6~7年経つって聞いたけど、その前はどこで働いていたの? 」
この1週間、聞きたくても言い出せなかった質問を話題に便乗して問いかけてみると、成瀬は戸惑いの表情を浮かべつつ語りかける様に答えた。
「先生が移動されたあと、1年間はあの病院に勤めていました。その間、母との和解、姉の結婚、父の死去、実家の売却と立て続けにいろんなことが起こって。それが落ち着いたあと、一念発起して東京の病院へ再就職したんです」
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