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「そうだったんだ……」と、別れたのちのことが紐解かれて感慨に耽る松岡。しかし、心の片隅ではこんなことを考えてしまう。
――― そんな中、指輪の男と出会ったんだな
「どうしてここへの移住を決めたの? 過疎地の看護師になろうと思った理由は?」
「親友が この村の出身で、過疎地の医療現状を聞いたのがきっかけです。その彼が亡くなって『生きる意味』を考えた時、ここを思い出しました。このまま組織の一員として働くより、自分の存在が人の為になる…… しいてはそれが生きがいや やりがいに繋がるような仕事をしたいと、村への移住を決めたんです」
その言葉で男の存在の深さを知った松岡は彼らを羨み、妻すら幸せに出来なかった己の薄情さに気落ちした。
話の流れ的に『次は俺の身の上を話す番か』と身構えていたけれど成瀬から何も尋ねられず、『俺の過去なんて聞く価値もないんだな』と落胆を通り越して憤りを感じていたら、隣の女性から質問された。
「先生はS市の公立病院の副院長だったとでしょう? なのに、どうしてこんな所へ来なさったんです?」
「医師として先が見えていましたからね。これまでとは違った環境で新たな挑戦をしてみたいという思いと、利権にとらわれてばかりの人生におさらばしたいっていう理由の他にもう一つ。何だと思います?」
「さあ、なんでしょう?」
「妻との離婚です。それが一番のきっかけかな」
そう言った後、成瀬へ視線を移したのだが、彼はさして驚いた様子はなかった。恐らく、離婚のことは薄々感づいていたのだろう。この土地で終身まで働くつもりなのに妻を同伴しないなんて おかしなことだから……
「こりゃあ悪いことを聞きましたね」
「構いません。いずれ分かることだし」
「お子さんはいらっしゃるとですか?」
「息子が一人。もう社会人なんですがね『休みが取れたら様子を見に来る』なんて言っていましたよ」
この言葉に、成瀬が初めて反応を示した。彼は瞳を大きく見開くと
「あの息子さんが社会人だなんて……。そりゃそうですよね、あれから20年以上経つんですもんね」
「アイツ、昨年国試に受かって今は初期研修中なんだ」
「初期研修…… 息子さん、ドクターになられたんですか?」
「うん」
「優秀なんですね」
「どうかな。でも、「医者になりたい」って言われた時は嬉しかった。息子から認められたような気がして」
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