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滲むような笑みを浮かべる成瀬を見て二十数年間の距離が縮まった気がした松岡はすっかり脂下がってしまった。
「息子が来たら紹介するよ。昔、お世話になった看護師さんと一緒に働くことになったと言ったら さぞかし驚くだろう」
そして「写真があるけど見る?」そう言うと、スマホをタップして皆に回す。
「爽やかやね~」「背が高か~」「先生に似とりませんね」と女性陣が感想を口々に述べた後、最後にスマホを手にした成瀬はしみじみと見つめてこう言った。
「お子さんはひとりだけ?」
「うん、コイツだけ」
「子育てってどうでした?」
「どうって…… 妻に任せっきりだったから何とも」
「スポーツとか一緒にしましたか?」
「いやあ、していないね。まだ小さい頃、運動会とかサッカークラブの応援に行ったくらい。あんまりいいオヤジじゃなかったんだ」
「忙しいですもんね」
「結婚も子育ても後悔することばかりさ」
「そんなこと……」そう言いながらスマホを返された時、わざと成瀬の指に触れてみた。目が合うと慌てて視線を逸らされて、成瀬のポーカーフェイスが崩れたことに意気揚々となった松岡は饒舌になる。
「東京での暮らしはどうだった?」
「とにかく人が多くて、満員電車に乗るのが苦痛でした」
「でも、面白いこともあったんだろう?」
「人も町も文化も刺激的で飽きることが無かったです。休みの日にはいろんなところに出歩いて金も時間もあっという間になくなりました」
「いい出会いもあった?」
「そうですね、仕事でもプライベートでも人には恵まれたと思います。彼らとは今でも連絡を取り合う仲です」
「充実した生活を送っていたんだな」
「先生こそ しばらく会わない間にこんなに出世して立派になられて驚きました」
「妻には見捨てられたけど」
「それはお気の毒でしたけど、いい息子さんに恵まれたじゃないですか」
「まあ……ね」
「仕事と子育てが成功したんですから上等です」
そう言いながら向けられた眼差しは愛し合っていた時のままで、タイムスリップしたような気分になった松岡は時を忘れてその顔に見入るのだった。
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