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「まずさ、省吾に腹違いの弟がいるのが分かってさ」
西風にはその辺りから説明しなきゃならない。
あの後の冬樹の事は、全部鯉さん本人からの報告なんだけどね。
「その子が東京にいるって事を鯉さんが突き止めて。母親が病気で入院してて、その子は施設に預けられててさ。鯉さんは母親に会ってその子の後見人も引き受けて来てた」
あの日御堂の本家に引き取られた冬樹は、その日の内に待ちかねていた御堂のババァと対面を果たしたらしい。
ババァは冬樹を一目見るなり大号泣、まぁあんだけ隆行に似てればな。
冬樹にしがみついてわんわん泣いたらしいけど、きっと冬樹はドン引きだったろうな。
「それはかわいそうに」
「本当にな」
俺からは鬼婆としか思えない御堂のババァだ、冬樹も喰われると思ったかも。
とりあえず子供部屋も急遽用意されてて、なんかもうデカイ部屋にポツンと子供用ベッドが置かれてているような状況で冬樹が戸惑っていたとか。
けど一人で寝るのが怖くて冬樹がババァを探したら、ババァが泣いて喜んでいたとか。
それからババァは、冬樹の母親が病院を退院するまで一緒に寝てやっていたらしい。
なんか母親が退院してもあの本家に一緒に住んでもらうのにはどうすればいいのかと、ババァが鯉さんに絡んできたとか。
とりあえず冬樹はババァに大事にはされてるらしい。
それだけは確認出来て良かった。
問題のあの家の跡取りだが、冬樹の母親がそれは冬樹次第だと。
成長した冬樹がその仕事をしたいならすれば良いし、嫌なら絶対に無理強いはしない。
それを踏まえて下さるなら、自分もこの街で冬樹と暮らすし、いつでもババァが会いに来ていい環境を作りたいと言っていたそうだ。
とりあえず、退院後は又二人で慎ましく暮らすのが母親の希望だったとか。
ババァは支度金を持たせようとしたけど、母親はそれも断ったと。入院中、冬樹を預かって貰っただけでも本当に感謝していると。
本当にしっかりと子供の事を考えている母親だと鯉さんが感心していた。子供をダシに御堂の家から金を巻き上げることも出来たのに。
なんでそんなしっかりとした人が、御堂隆行のような最低の男に惚れたのか。
俺にはさっぱりわからん。蓼食う虫も好きずきというやつだろうか。いや、余計なお世話だったな。
もう東京の病院を退院して、俺の地元でもあるあの街に住み始めた冬樹の母親。冬樹はとても喜んでいるという。
彼女の仕事は幼稚園の教諭だそうで。仕事が終わると毎日冬樹を預かってくれている御堂の本宅に迎えに行き、一緒にアパートに帰るという生活だそうだ。
鯉さんが事前に色々としっかりとした取り決めをしたので、二人の生活がババァになにかを邪魔をされる事もないとか。
今の所は、だが。
「真さん達に何か影響は?」
「影響ってか、俺が半殺しにしたヤツらいただろ」
「あ、いましたね」
「あいつら全員御堂の会社を辞めたって。とんでもない額の退職金貰って辞めたらしいぞ。ほぼ定年まで働いたと同じ満額だったらしい」
口止め料込だな。まぁあの時、俺はあいつらを完全に殺すつもりだったけど。鯉さんが来なきゃ多分やらかしていた。警察行きにならんで良かったよ。
「とにかく安心したよ、省吾が裁判に巻き込まれるなんてとんでもないからな」
本当にそう思うよ西風。
鯉さんのお陰で俺達親子は危機を脱した。彼には感謝しかない。
鯉さんがいなかったらと考えると、本当にゾッとする。
「そういや鯉さん、もうトラック乗らんのかな。無線も全然繋がらんから寂しいな」
西風の言葉には俺も同感だ。
あの派手な錦鯉が泳ぐ10tの箱が見られなくなったのは凄く寂しい。ピンクやブルーを基調にしたイルミネーションも凄く凝ってて綺麗だったよな。
「嫁さんの親父さんが離さんだろ、せっかく娘婿が司法の世界に戻ったんだから」
「だよな」
次に会えるのはいつになるのか。
又、自宅に来てくれるとは言っていたが、弁護士の依頼料があのスーパードライだったんで改めて会える気がしない。
「縁があったらまた会えるよ」
「ああ縁があればな」
そう言って窓の外を見る。
ドライブインの駐車場には、馴染みのデコトラや営業車が次々と入って来ていた。今日もここはトラック野郎で大繁盛している。
けど、その中には去っていく奴らも当然いて、それを俺たちは受け止めて見送りながら生きていく。
出会いも別れもことさら感傷的になるような事もない。
そう、縁さえあれば、きっとまた会えるだろうから…
「全く〜!今日はモータープール全然空いてないやん!めっさ遠くまで行っちまったわ!」
へっ?この声!?
「よう、真さん西やん!今宵ナイトはどこ向けや?」
そのくたびれたダンロップのつなぎに、深く被った帽子。そんで人懐いその笑顔。
境川鯉太郎ーーー!?
案外その縁は、普通に行きつけのドライブインに転がっていたようで。
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