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ここはいつ来ても気持ちがいい。
ようやく雪解けを迎えたこの場所に、俺は久々に訪れた。
水の入ったバケツに真新しいタオルを浸し、ぎゅっと絞る。
山奥の墓地の一角にある小さな区画。
大きな墓石は俺の親父と義母の物。小さな白い墓石は、紗織と娘の里穂だ。
「親父、母さん、悪いな。先に里穂をきれいにしてやりたいんだ」
紗織と里穂に甘かった二人の事だ。逆に先に二人の墓を世話したら怒られるかもな。
丁寧に墓石を拭き上げ、次に親父たちの墓もきれいにした。
持ってきた花を備え、線香に火をつける。
穏やかで暖かな空気が俺を包み、舞い上がる。
「みんなそこにいるのか」
ふと呟いてみた、だがいつもそこに紗織の気配だけは感じない。
紗織はきっと、今も省吾を想ってあいつのそばに居る。
「省吾は元気だよ、なかなか大きくならないけどもうすぐ中学生だ」
新しい中学に通う為に、引っ越して学区も変えた。親父と母さんの家を処分してしまったのは申し訳なかったけど、お陰で海沿いの地域に小さな家も買えた。俺に何かあった時、あいつに残してやる為の家だ。
きっと親父も母さんも、それで良いと言ってくれる。
「里穂、シュークリーム買って来たよ。みんなで食ってくれな」
シュークリームは本当は紗織の好物だった。けど、あいつはいつもここにいないから。だから…
え?
誰かの優しい腕がふわっと俺を包む。微かに花の香りがした。
この香りは…まさか…
紗織…?
いるのかお前、ここに。
俺の傍にいるのか…?
気のせいかも知れない。でも、確かに胸が暖かい。
俺は今、やっと紗織をこの胸に抱いている。そんな気がする。
「紗織」
名を呼ぶと、自然に涙が溢れてきた。
当然返事など聞こえるはずはないのだけれど。
紗織がようやく俺の元へ戻って来たのだと、その時俺は確かにそう感じていた。
奥只見ダム
烈火の真 最終章
ー積乱雲ー
終
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