そんな暮らしの中で

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「よし、こんな感じかな。鯉さん、ここ押してみて 」  南さんが取り付けてくれたパーソナル無線機のスイッチを入れた。とたんに入ってくる雑音混じりの男達の声。 「ツマミの左右でボリューム調整出来るから。元々このG5はスペシャル仕様の無線機だから、キャリア握れば必ず56000の群番に繋がるよ。窓口に仲間が居れば応えてくれる」 「ふんふん」 「56ch使ってるのは本州では昇竜連合昇竜会だけだから。昇竜会のあとに東京とか関西とかの地域がつくけど、それが所属」 「俺だと昇竜連合昇竜会関西やな」 「そうそう、でもみんな仲間だ。出先で道に迷ったとか困った事があったら呼んでみて」 「分かった、心強いな」  俺は助手席の南さんを見た。間に無線機を載せたフレームもあるのに、彼の姿は更に遠い。今更だけど、やはり大型トラックの車幅はデカイな。  ここは古い大型トラックの運転席だ。働き始めた運送会社で担当車両のトラックをもらったので、南さんに来てもらっていた。  前から頼んでいたパーソナル無線機を取り付けてもらう為だ。 「あと、何か分からないことがあったら俺に連絡してくれれば良いから。都合つけばここかカラオケ店で会えるしね」  持参してくれたツールボックスを片付けながら南さんが言う。そういや俺たちカラオケ仲間でもあるもんな。 「それにしても可愛い写真がいっぱいだね。全部鯉さんのJr(ジュニア)ちゃんか」  キャビンのバイザーやら天井やらに引き伸ばした蘭の写真を貼りまくった。ちょっとやり過ぎかと言うくらい。 「こうしておくと無理出来ないからな、娘に怒られちまうんで」 「いい事だ」  南さんが笑う。 「俺みたいに短気だと色々ヤバいからな。俺も嫁の写真でも貼ろうかな」 「え?南さんてそうは見えんけど」  東北人の南さんは、どちらかと言うと穏やかな雰囲気にも見えるのだが。 「嫁に言わせると瞬間湯沸器だって。相手が誰であろうとカチンと来たら行っちまう。昔それで上司の看護師長ぶっ飛ばした」  南さん転職の秘話…気をつけよう。  今までこっちの世界には全く無縁だった俺は、当然無線の事など知る事もなく。  警察の取締から逃れるのには必須だと南さんに教えられ、彼の使っていた予備の無線機を譲り受け彼が所属していた無線のクラブに入った所だ。 「遠走りするようになると眠気覚ましにもなるから」  また南さんが笑う。  彼は、俺がいきなり自分の同業者として目の前に現れても余り驚かなかった。  あの時のしがらみを切るといった言葉に、何かを感じ取っていてくれたようで。    今もただこうして、トラック乗りとしてやっていく為のちょっとした事を教えてくれるだけだ。  一度だけ気にならなかったのかと聞いた時、彼は「俺にも覚えあるから」と言った。  その言葉に、なぜか妙に気持ちが落ち着いたのを覚えている。  転職するに際して、俺はとりあえず自分自身の力で、自分の身体を目一杯使った仕事をしたかった。  とりあえず、前職とのしがらみを絶ち切る事だけを考えていたのだと思う。    ただ、ひたすらそれだけを……
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