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そして今日も、俺は大型トラックのハンドルを握る。
戦闘服がスーツから作業服に変わり、磨く靴が鉄板入りの安全靴になった今でも、心の中に常に譲れない物を抱えたまま戦い続けている。
「窓口借り受けますよ〜こちら全国昇竜連合昇竜会関西所属の移動監視、境川鯉太郎。浪速立ち上がりのみちのく手前の水戸向けや」
あれからもう10年が過ぎた。
俺は最近、自分で大型トラックを買った。ずっと勤めていた運送会社からも独立し、精密機器も運搬できる仕様のトラックを中古で譲って貰ったのだ。これで俺も一国一城の主だ。
その際に、せっかくだからトラックの外装も気が済むまでイジっだ。特筆すべきはウイングボディにゆうゆうと泳ぐように描かれた二匹の錦鯉だ。
紅白と大正三色という高級感溢れる錦鯉で、箱の周囲もピンクとブルーの凝ったイルミネーションをリレー入で配置し、更にバイザーとバンパーには桜柄のエッチングを施したステンレスアートを…!
あ、もうよそう。我ながらキリがない。
それなりどころか、結構楽しくやってるって事だ。
合う合わないで言えば、俺にはトラック乗りは合っていたのだと思う。
あの日、全てのしがらみを切ると南さんに告げた自分。
弁護士のキャリアを捨て、全ては0からのスタートだった。
あの頃、何も聞かずに初心者の俺を迎え入れてくれた運送会社の社長も、その俺を色々と助けてくれた全国の無線仲間達にも、本当にずっと感謝している。
今でも、由奈の父親には時々連絡を入れさせてもらってる。俺が弁護士を辞めた事は彼にも伝わっていて、逆にすまながったりしてくれるけど。
俺はその選択を、後悔した事は一度もない。
ただ、ひとつだけ嬉しい事があった。由奈が俺に会いたいと言ってくれた事だ。
あの時、自分はとても寒くてお腹が空いて、暗くて寂しい所にいたと。
泣いても叫んでも誰も来てくれなかったのに、あのおじちゃんだけが助けに来てくれたのだと。
あのおじちゃんに会いたい、そして感謝を伝えたいと父親に言ってくれたと言う。
背負った心の傷から失語症になってしまった由奈が、父親に書いた手紙を見せてもらった。
その手紙を見て、俺はただ号泣した。その事を嫁に伝えて二人で又泣いた。
もうそれだけで、本当に救われた気がした。
けれど由奈とは、多分一生会うことは無いと思う。
俺と会うことによって、PTSDの辛い記憶がフラッシュバックのように押し寄せ、更に思い出したくない記憶が蘇る症例もあるからだ。
それでもずっと、陰ながら見守り続けたいと思う。
全ての子供達の幸せな笑顔の為に、自分が何か出来るかなんてだいそれた事は思っていない。それでも自分の娘を愛するように、縁のある子供達の幸せを見守って行きたいとは思うのだ。
いつも思う事だけは忘れない。
それは俺が弁護士であろうとトラック野郎であろうと、決して忘れてはいけない事なのだから。
終
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