通り雨

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 それでも日々の仕事に追われ、時間は過ぎていく。  相変わらずの気晴らしは、仕事帰りに立ち寄るカラオケ店。  けれどそこで、思いがけない出会いもあった。 【君はその手に花を抱えて 急な坂を登る  僕の手には小さな水桶 君のあとに続く……】  いつものように得意のフォークソングを歌っていた時の事だ。  その時、俺の入っていた部屋はどうやらドアの建付けが悪かったらしく、俺の歌はドアの隙間から店の通路にダダ漏れだったらしい。 【君の母さんが眠っている ささやかな石の周り  草を摘みながら振り返ると 泣き虫の君がいた】  あれ?なんか… [【両手を合わせた傍らで 揺れてるれんげ草】]  俺以外の歌声が聴こえてる?どこ?しかもすごくきれいにハモってる! [【あなたの大事な人をぼくに】]  思わずマイクを持ったままドアの方に向かう。なんだ開いてんじゃんか!  [【任せてください】]  生声とハモった。ドアの外にいた濃紺の作業服に眼鏡の、俺よりちょい若い兄ちゃんと。 「あ…ども」  思わずキョっどっている兄ちゃん。逃げ出そうとしたようだが思わず肩を掴む。 「ちょぉ、おいで」  ズリズリと部屋に引きずり入れ、店備え付けのマイクを渡す。この歌を一緒に歌えということだ。 【【君がとても大切にしてた 藤色のお手玉  あれはむかし君の母さんが 作ってくれたもの】】  おぉ凄くきれいにユニゾンした!この兄ちゃん、この歌をかなり歌いこんでいるな。でもこの歌はこの先のハモリが問題なんだ。 【【集めた落ち葉に火をつけて 君はポツリと…】】  出来てる〜!!凄くきれいにハモってる〜!!  なんだ、嬉しいな。久々にこの歌をちゃんと歌えてる気がする。  きれいなハモリは一人じゃ無理だもんな。あとで録音しておきたいな。  そういやこの兄ちゃん、ナニモンなんだろうか。 「す、すいません、勝手に乱入しちまって」  いや、こっちも思わずマイク渡してるんで。恐縮する兄ちゃんに、俺はドリンクバーのジュースを勧めた。 「いや、こっちこそ。あんまりきれいにハモってるからついちゃんと聞きたくなってもうて」  この場合、どっちもどっちと言うことで。 「クラフトの[僕に任せてください]ですよね。俺、この歌が流行ってる頃は小学生だったんですがうちにレコードが有ったんで覚えてるんですよ。いい歌ですよね」    兄ちゃんが笑いながら言う。あれ、ちょっと言葉が関西(こっち)と違うな。ちょっと東の訛りかな。 「俺が高校生の頃の歌やからな。兄ちゃん、案外若いんやね」 「いえ、そんなんでも。でも昔のフォークが好きなんですよ。自分でも歌うのはそういうのばっかで」 「俺もや、新しい歌は中々覚えられん。けどようきれいにハモリ入れて来たな。あ、申し遅れた、俺の名は境川や」 「え?境川って…あの境川鯉太郎さんですか!?」  へっ?って、どの? 「DAMの風とかかぐや姫の歌唱ランキングで、いつも必ず全国ランキングの上位に入ってる境川さんでしょう!?すごいなぁ、この店を使ってるの知ってたけど、まさかお会い出来るとは」    ああ、あれ。DAMってカラオケの、歌ごとの全国ランキングの事だ。俺の腕だめしで暇つぶしにひとつ。  知らなかったな。俺、案外有名人やん。 「あ、すいません、勝手に興奮しちまって。俺は南雲と言います。DAMでは南です、ランキングには余程のマイナー曲以外無縁ですが境川さんのお名前はいつもお見掛けしてます」 「南さん?たまにByeByeとかでランキングしてる南さん?」 「あ、はい、多分それ」  顔を見合わせ、二人でぷっと笑う。風のByeByeはランキングでは結構なマイナー曲だ。  思いがけない歌好きな仲間との出会いであった。
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