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『昔はよく人間の前に妖が現れたそうだ』
『あやかし? それって幽霊?』
『幽霊とはちと違うなぁ。動物のような姿だったり、時には人の姿をして現れたりもする』
『悪いもの?』
『悪いもんもいれば、心根の優しいもんもいる。一人寂しくしているところに寄り添ってくれる優しいもんもいれば、それをいいことに悪さを働かせるもんもいるっちゅうことだ。それは人間も同じだ。だけんども正しく付き合えば、決して悪いようにはならん。それも人間と同じだ』
『ただしくつきあう?』
『そう、互いの世界を干渉せず、互いの存在を受け入れる』
『そうすればみんな仲良く出来るの?』
『皆が皆そうできるとは限らん。だから今ではすっかり姿を現さんし、姿を見せたりしたもんなら人の方が恐れて、追い出したり消そうとしたりする』
『ばあちゃんもみたことあるの?』
『ふむ――……どうだったかのぉ……』
ばあちゃんは自分が子供の頃の話をあまりしたがらない。すぐに濁したり、押し黙る。
でも私はそんなばあちゃんの気持ちが分かる気がした。私も自分のことを母さんたちに話したくない。分かってくれない人を前に話す気にはなれない。
『でも桃には見えるんじゃろ?』
『――……うん』私は力なく頷いた。
『きっと二つの世界を繋ぐために桃がいるだぁね。ばあちゃんはそう思う』
『二つのせかい……?』
『無理せんでええ。ゆっくり受け入れていけばええ……』
『無理だったら?』
『そんときゃ逃げればええさ』
ばあちゃんはそう言って目を閉じたまま小さく笑った。
それからしばらくして、ばあちゃんは自室のベットの上で眠るように静かに息をひきとった。
ばあちゃんが私に最後に言った言葉は今でも忘れない。
『目を逸らさずちゃぁんと見れ。逃げずに耳を澄ましてちゃぁんと聞けよ……』
それがばあちゃんが私に言った最後の言葉だった。ばあちゃんの言ったことは何となくわかったけど、私は多分今でもその教えを守れていない。
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