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三、ひとり
「桃華? 今日はどうするの?」
朝早くに母さんが私の部屋を覗いて訊いてきた。
「教室が無理そうだったら今日は保健室にしたら? 別に教室じゃなくても勉強は出来るんだから」
言葉は私を気遣うようだけど、口調はちょっと怒っているような呆れているような、そんな気がした。
「――……うん」
はっきりしない返事をすると、母さんのより深い溜息が私のところに届いた。
母さんは、少しせっかちなところがある。いつも白黒はっきりさせたがる母さんを知っているからこそ、表情だけで苛立っているのが私には分かる。
でも私はもう母さんが言うように、教室じゃなかったらとか、保健室だったら大丈夫とか、そういうことで安心出来なくなっていた。
家から学校までの道のりも、学校の敷地に足を踏み入れる瞬間とか、一つ一つの作業が足枷みたいに重たく感じる。
誰かに会うのを避けてわざと登校時間をずらしたりするのも、しん――とした下駄箱で一人上靴に履き替えるのも、やってること全部が自分を空しくさせた。
安全に思える保健室でさえ、廊下にいる生徒たちの声がドア越しに聞こえてくる度に体が硬直した。クラスの誰かが、面白がって私を覗きに来たのかもと考え出したら怖くて、身動ぐことすらできなくなる。
学校の中にも、外にも、私の安心出来る場所はなかった。
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