三、ひとり

2/4

63人が本棚に入れています
本棚に追加
/260ページ
 学年が上がると、教室じゃなくて保健室で勉強することが益々多くなっていった。  学校がない日は、極力家の外には出ないようにした。そうした方が、誰にも何にも会わなくて済むから。  相手があることで起こりうるさざなみすら感じない。根本的な部分を取り除くことを私は選んだ。  学校を続けて休むと、週末の夕方に同じクラスの麻衣ちゃんが学校のお便りと宿題のプリントをまとめた封筒を届けにきてくれた。  たまに担任の高橋先生の時もあった。高橋先生は学校に赴任してきたばかりの若い女の先生だ。その時は必ず母さんが出ていって、玄関先で話し込んでいる。  二人が何を話しているのかは知らない。村の外から来た者同士、通じるところがあるのかもしれない。ただ、先生が来た時は決まって母さんが出るところを見ると、事前に家に行くことを先生があらかじめ母さんに連絡をいれているというのだけは分かった。 「先生、明日桃華が来てくれるの待ってるって言ってたよ?」  母さんは先生が帰ったあと毎回そう言うけど、私の心には響かない。先生がそんな風に思っていてくれているなら、会ってもっとちゃんと私の話を聞いてくれる筈だから。  先生はたまに私が教室に来るから、私の不登校を大ごとだと考えていない。  村の外から赴任してきたばかりの高橋先生は、ここが田舎だからちょっとやそっとじゃ子供達の間で虐めとか揉め事なんか起きないと思って甘く見てるんだと思う。  そして麻衣ちゃんは、私の家が通り道だからという理由で、否応なしに私にお便りを届けるのを任されているんだと思う。  学年が上がってクラスが変わっても、私が続けて学校を休むと、麻衣ちゃんは今まで通り週末に私の家にお便りを届けてくれた。  無理して届けてくれなくてもいいのに。そう思っても、やっぱり休みが続いた週末に届けてくれたのが分かると、自分は忘れられていないんだって少し安心する自分がいた。  玄関のポストから封筒を抜き取って居間に行くと、台所の奥から母さんの通った声が私に届く。 「いつも届けてくれる子に今度会ったらちゃんとお礼言うのよ?」   「――うん」  返事しながら、そんな勇気はないと心の中で思う。何でそんなこと簡単に言うんだろう。出来たらそんなのとっくにしてる。 「……母さん、麻衣ちゃんに会ったの?」 「マイちゃん?」 「その……いつも学校のプリント届けてくれる子……うちの通りに住んでる」 「――あぁ、茂さんとこの? 良かったよねぇいい人と出会えて」 「……いいひと?」 「新しいお母さん」 「そうなんだ……?」  初めて聞いた。でもそれもそうかと思う。学校に行っても行かなくても、クラスメイトと話す機会が無い私に、そもそもそういった情報が耳に入ってくるわけがなかった。 「いくらしっかりしてるからって、やっぱし茂さん一人じゃ大変だったもんねぇ」  母さんは誰に向けて言っているのか、独りごちるように言っていた。  麻衣ちゃんは三才の時にお母さんを病気で亡くしている。それからお父さんと二人暮らしになって、お父さんのために自分も頑張らないとってまだ一緒に遊んでた頃私に話していたことがあった。  そっか、新しいお母さんが来たから、麻衣ちゃんはもう頑張らなくても良くなったんだ。麻衣ちゃんにとってそれは嬉しいことなのか分からないけど、私は心のどこかでほっとしていた。
/260ページ

最初のコメントを投稿しよう!

63人が本棚に入れています
本棚に追加