三、ひとり

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 冬休みや夏休みなんかは、私の居場所がグッと狭くなる気がした。みんなの行動は活発になり、その範囲は学校の中と違って果てしない。私はいっそう家から出なくなった。  それでも、村の安全を祈願する祝祭や、神社で行われる夏祭りなど村の大きなイベントごとは、どうしても顔を出さなくてはならなかった。  * * *  夏祭り当日。 「母さんらもう行くよ? 用意できたなら早く下りてきなさい」  支度を終えた母さんが、一階の玄関から声を上げた。   「……私はいい」  階段の途中で座り込んでいた私は、駄目元で言ってみる。 「そんなの無理に決まってるでしょ?」 「どうした?」玄関の外から父さんの声が聞こえた。 「桃華が行きたくないって言うのよ」  説明する母さんに対して、父さんの声は聞こえてこない。 「そんなんでこの先どうするの? 学校に行かない次は家から一歩も出ない気?」  全く行かないわけじゃない。頑張って行く時だってある。母さんの決めつけた言い方は、たまに私を苛つかせる。 「祭りは年に一度しかないのよ?」 「わかってる……」 「人に会うんが嫌なんだろう? 日が暮れてから来ればいい。暗くなりゃあ誰だか分からんくなるしな」  じいちゃんが間に入って言ってくれた。次いで母さんの長い溜息が聞こえてきた。  母さんの言うことも勿論わかる。このままでいていいはずがないことくらい。  この先ずっと家の外に一歩も出ずに生きてくわけにはいかない。今はじいちゃんと父さんが薬を作って、母さんが店を切り盛りしている。見方でいてくれたばあちゃんはもういない。三人がいなくなったら、なんて到底考えたくもなかった。  私はじいちゃんの言う通り、遅れて一人で祭り会場の神社に向かった。  遠回りだけど人気を避けて、田んぼのあぜ道を歩いていくことにした。田んぼの真ん中ほど行ったところで、地面に伸びた自分の影がいつの間にか消えていることに気付く。  西の方角を見やれば、目に見える速さで夕日が山の向こう側に隠れていくけど、空の下でまだ燃えるような赤黄色を残して、まだ消えるもんかとささやかな抵抗を見せていた。それとは反対に、自分がいる側はもう夜の帳が下りはじめている。  ザッザッ ザッ ザザ  後ろの方で、自分ではない別の足音が近付いてきて、私の足音と重なった。私が止まれば止まる。再び進めばそれに合わせて歩き出す。私は立ち止まって道の端に寄った。 「お先にどうぞ」  そう言って道を譲れば再びは歩き出す。私の横を通り過ぎて行き、しばらくすると暗がりに消えていった。私は見届けてから再び歩みを進めた。  (あやかし)はこうやって通りすがりのように私の前に現れる。どうやってやり過ごしたらいいかは、全部ばあちゃんが教えてくれたこと。 『二人だけの秘密だ。この村の女は口が硬いで有名だからな』とおどけながら。  彼らとの〝正しい付き合い方〟をばあちゃんが知っていたところを見ると、やっぱりばあちゃんは私と同じ、視えてる側の人間だったんだと思う。  オーイ ヨーイ キャッキャッ フギィッ  今度は子供たちの何やら楽しそうで騒がしい声が近付いてくる。聞き覚えのある声たちに、私はやれやれとなる。日が暮れる頃によく現れる小さな妖たちだ。  いつも大勢でやってきては、手を繋いできたり、腕や足を引っ張ってくる。今も私の手や服を掴んでぐいぐい引っ張られている。いつも騒がしいだけで、何を言っているのかさっぱりわからない。 「そんなに引っ張ったら、わたし転んじゃうよ」  服が伸びるのが嫌だから、私も引っ張り返す。特に意味はなく、毎回黙っていれば飽きたら何処かへいなくなる。  ばあちゃんが教えてくれた通りを守れば、妖は大人しく私の前からいなくなる。言葉が分からなくても、正しく付き合えばこと終える。  私には、口数が少なくて何を考えているかわからない父さんよりも分かりやすかった。
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