五、変えられない景色

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 私が学校に行かない日が続けば続くほど、その後も母さんの読む本も増えていった。  そのうち母さんは私にもいろんな本を薦めてくるようになった。可愛いイラストの表紙は私の心をくすぐり誘うけど、本の中身は、突けば直ぐにくじけそうな自身の小さな心を、じわじわとたたき直すみたいな内容だった。  読書は好きだけど、そういう本は好きじゃない。普段は探偵ものやファンタジー、アニメや漫画の原作なんか好んで読んでいる。どれも今自分の前に立ちはだかる現実とは違う世界へ、一時だけど逃れることができるから。  でも母さんから渡された本は、そのままの自分でいいから先ずは問題点を探ろうとか、今置かれている自分を真っ向から攻めていくような、面倒なことばかり記された本だった。  そうか、私は心の病気なんだ。父さんとじいちゃんもそう思ってるかな。  じいちゃんはこれからも父さんと一緒に薬と店を守っていかなくちゃならない。そんなじいちゃんたちを自分のことで煩わせたくない。  父さんは相変わらず口数足りないから何を思っているのか私には分からないけど、少なくとも母さんにはそう思われているんだ。私の心が弱いせいで、母さんがしなくてもいい心配をさせている。  母さん、この本の中に私が欲しい言葉はないよ。ごめんね、でもありがとう。  私は心の中で母さんに感謝した。それがこの時私に出来る精一杯だった。  自分にしか視えないものがあるのは私の弱い心のせいで、私の身に起こってることは幻聴や幻覚か何かで、いっそいままでのことを全部それらのせいにしてしまったら、母さんも先生も納得してくれて、クラスのみんなも何もなかったかのようにまた仲良くしてくれるかな。  でも私には出来ない。いつも当たり前にあったものを、ばあちゃんがそのままでいいと言ってくれた自分をなかったことにしたくない。そもそも私は病気なんかじゃない。  また前みたいに学校に行きたい……。でもそんな自分は今は遥か遠くにいる。何よりみんながそれを望んでいない。それなら私はこのままじっと耐えているしかない。  その場にしゃがみ込み、目を瞑って顔を両手で覆い、みんなの動きを意識しながらひたすら耳を澄ませて身じろぎ一つしないことに務めるんだ。  私はあの日からずっと変わらず鬼のままだ――
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