62人が本棚に入れています
本棚に追加
六、懐かしい奇妙な扉
ばあちゃんが亡くなってからも、ばあちゃんの部屋はそのままになっていた。
じいちゃんの部屋はばあちゃんの部屋と続いていて、襖が二つの部屋を仕切っている。ばあちゃんが亡くなってから、その襖は今はほとんど閉まったままだ。
じいちゃん達が店の方に行ってしまうと、朝の慌ただしさから一変して静けさがやってくる。学校に行かない日は、静まり返った家の中で、一日の大半を一人で過ごすけど、店は家と続いているから、その気さえあればいつでも店にいるじいちゃん達を覗きに行くことができた。
小さい頃も、じいちゃんと父さんが釜戸に向かいながら黙々と作業をしている様子をよく後ろの方から眺めていた。二人の背中は十数年経っても変わらない姿で今でも私の目に映っている。
店の帳簿を付けたり、薬の分量を計って容器に入れたり包装する作業は、ばあちゃんに変わって今は母さんの仕事。中でも包装作業は人手を必要とし、唯一私にも手伝える仕事だ。私でも猫の手くらいにはなれた。
私が店の手伝いをするようになってから、母さんから私が学校に行かないことについて前ほど追究されなくなった。そういえば最近本も薦めてこない。
私のこと面倒になったのかな。それとももうどうでもよくなったのかも……。当然母さん本人に訊けるわけがなかった。
* * *
ばあちゃんの部屋がある襖をそっと開けた。不安になったりするといつも自然と足が向かう場所でもあった。
微かに残るお香のかおり。この匂いを嗅げば不思議と落ち着いた。
ばあちゃんの部屋は、いつ来てもまるで昔にタイムスリップしたような遊び心がある空間だった。ここにあるものみんな私は大好き。
古い洋風な三面鏡の鏡台。
黒いダイヤル式の電話。
和紙でできた行灯。
帳場箪笥。
ちりめん細工の吊し飾り。
窓辺には、千代紙で折られた鶴たちが仲良く並んでいる。
天井近くの壁に飾られた般若のお面。これだけは相変わらず不気味でどうしても好きになれないけど。
そしてばあちゃんの部屋でいつもひと際異彩を放っているのが、桐箪笥の上に置かれたガラスケースの中で、いつも形を崩さずに座っている着物を着た可愛らしい女性のお人形だ。お人形の直ぐ側には、誰に付けていたものなのか小さな刀が置かれている。綺麗な着物を身に纏いながら一年中ずっとそこで独りぼっち。
部屋をぐるりと見渡せるその場所で、何もかも見てきたような顔をしながら、部屋に訪れる私をいつも見下ろしている。
お人形は、ばあちゃんの父さんが継ぐはずだった旅館にいたときからのもので、父さんと一緒に旅館を出なくてはいけない時に、咄嗟に掴んで唯一持ってこれたのが自分のお守りにと買ってもらったこのお人形だったんだとか。
本当は隣にいた番のお人形も連れていきたかった。二人を引き離すことになってしまって申し訳ないことをした。とばあちゃんはあまり話したがらない自身の子供の頃を唯一振り返り零していた。
ばあちゃんを亡くしたお人形は、今は役目を終えてホッとしてるより、どこか寂しそうに見える。そろそろ供養しようかと、この間母さん達が話していたのを耳にした。
背伸びをして覗いた私の目とお人形の目が合った。
「私もあなたと一緒に供養されようか?」思わず呟いて微笑みかける。
「私と一緒じゃ不服か……」
お人形は、澄ました顔で私を見つめていた。
最初のコメントを投稿しよう!