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「おい! 髪をおろせ」
父の声だ。
ノブが首をひねる。
「下からか?」
「父が帰ってきたのよ。ノブがいたら驚くかしら?」
「では隠れるか? 隠れるのは上手いぞ」
「おい! 寝てるのか! おい!」
「はい、今すぐにおろします」
髪を崖下におろしながらノブを見ると、ノブは小屋の裏手に周り姿を隠した。
髪の毛にずしりと重さが加わる。そして父はいつものように登って帰ってきた。
「お帰りなさい」
「声を掛けたらすぐに髪をおろせと何度も言ってるだろう」
「申し訳ございません」
父が私の前を通る。臭い。酒の匂いがそうさせるのだと幼い頃に聞かされていたが、この匂いに慣れることはない。
「おい、儂は寝る。起こすなよ」
「はい」
父は小屋に入ると音を立てて扉を閉めた。
今日は手土産に花も肉もなかった。特段楽しみにしているわけではないが、何もないと分かると身体が重くなる。
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