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森を抜けると絵を描いた反物が無数に広がっていた。否、反物ではない――本物の花畑だ。
甘やかな匂いが風に揺れる。風は私の心まで揺らしにくる。
つ、と頬に涙が落ちた。
「感動したのか」
言葉の出ない私の気持ちをノブが代弁する。
鮮やかな花に圧倒される。月夜に照らされる長い髪の鮮やかさに似ているが、それとはまた違う愛らしさが花にはある。
ノブは花の上に腰をおろすと花を一本、また一本と摘んでいく。
「何をしているの?」
ノブの手元が繊細に動く。あっという間に花で輪が完成した。
冠だ、と言ってノブは私の頭に花輪をのせた。
「後はその長い髪も……、そうだ。縄のように編んでみても良いか?」
花畑を邪魔するように広がる黒く長い川。
「ノブに任せる」
「ああ任せておけ」
ノブは喜々として私の長い髪を触る。ノブは器用だ。あの長い髪がどうなったのか分らないが、私が立ち上がると毛先がぎりぎり地面に触れるくらいになっていた。
「すごいわ」
感嘆すると、ノブは頬をかく。
「帰蝶も随分可愛く見える……」
可愛いと表現されたのは初めてで、なんだか胸がくすぐったい。
――――
まるで白い反物のようだと思った。
白い反物に花が描かれ華やかになるのと同様に、私の空虚な内側が鮮やかに染まる。
ノブは筆だ。私の内を明るく染め、心を輝かせてくれる。
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