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名残惜しく花畑を後にし、ノブが向かったのは人の住む『マチ』という所。
「あれは何?」
「見世だな」
「あれは?」
「茶屋」
「あれは?」
一際背の高くて大きなもの。
「牢獄だな。帰蝶あちらを見てみよ」
ノブは示した先に私を引っ張り、ひとつひとつ丁寧に教えてくれる。
「イチを開いたおかげで活気があるんだ、すごいだろ」
自慢げに胸を張るノブ。マチを抜けると海があるのだと言って、人と人の間を器用に抜けていく。
「ノブ、ちょっと待って」
ノブの黒い背中はすぐに人の間に隠れてしまう。人を避けて進んでいたつもりだったが、とんとぶつかり後ろに尻もちをつく。
「貴女大丈夫?」
鈴が転がるような声。見上げれば見覚えのある花が咲いている。
「この着物……」
私が描いた花の反物が着物に仕立てられ、目の前の人のものになっている。
「あら、貴女も知ってるのね。マムシさんの」
鮮やかな花の後ろからひょこりとノブが顔を出す。
「良かった、ここにいたのか」
「あらお兄さん。良い男じゃあない? 店に来ておくれよ」
花がノブにしなだれかかる。
「結構。行くぞ帰蝶」
ノブに手を取られ引っ張られる。
「そんな貧相な子より、愉しませてあげるよぉ」
花の声が背中を粟立たせる。
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