せんさいせん

8/12
前へ
/12ページ
次へ
 名残惜しく花畑を後にし、ノブが向かったのは人の住む『マチ』という所。 「あれは何?」 「見世だな」 「あれは?」 「茶屋」 「あれは?」  一際背の高くて大きなもの。 「牢獄だな。帰蝶あちらを見てみよ」  ノブは示した先に私を引っ張り、ひとつひとつ丁寧に教えてくれる。 「イチを開いたおかげで活気があるんだ、すごいだろ」  自慢げに胸を張るノブ。マチを抜けると海があるのだと言って、人と人の間を器用に抜けていく。 「ノブ、ちょっと待って」  ノブの黒い背中はすぐに人の間に隠れてしまう。人を避けて進んでいたつもりだったが、とんとぶつかり後ろに尻もちをつく。 「貴女大丈夫?」  鈴が転がるような声。見上げれば見覚えのある花が咲いている。 「この着物……」  私が描いた花の反物が着物に仕立てられ、目の前の人のものになっている。 「あら、貴女も知ってるのね。マムシさんの」  鮮やかな花の後ろからひょこりとノブが顔を出す。 「良かった、ここにいたのか」 「あらお兄さん。良い男じゃあない? 店に来ておくれよ」  花がノブにしなだれかかる。 「結構。行くぞ帰蝶」  ノブに手を取られ引っ張られる。 「そんな貧相な子より、愉しませてあげるよぉ」  花の声が背中を粟立たせる。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加