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お父さん、二十歳になりました
鏡の前でネクタイをピシッと締めたお父さんが俺に笑顔を向ける。
「弘樹、今日も頑張りなよ」
お父さんは颯爽と家を出て会社へと向かった。お父さんのいなくなった居間で俺はため息を吐く。お父さんは仕事もできて家事も手伝って子育ても手を抜かず、煙草は吸わないしギャンブルもやらないし、お酒も年数回飲む程度。文句なしのお父さんだが、心配になってしまう。
「お父さんの楽しみって何なんだろう……」
お父さんに趣味らしい趣味はない。テレビでスポーツを見ることはあるが深入りしないし、運動神経は悪くないが日常的にやってるものはない。読書はするけど、推しの作家がいる訳でもなし。何でも卒なくこなし、付き合いもいいし、ノリもいい。逆に完璧過ぎて怖いくらいだ。
そんな父親も持ちながら一人息子の俺は不登校気味。お父さんは無理に学校に行かせようともしない。他にやりたいことがあるなら不登校だっていいさと笑ってる。なんであんな完璧なんだろう?
「うふふ。お父さんにもね、秘密の趣味があるのよ」
お母さんが僕の前に紅茶を置いて笑う。
「お父さんに内緒にできるなら教えてあげるわよ? 二十歳まで」
二十歳まで? どうして期限があるのだろう。気にはなるけど、お父さんの趣味が気になる。お父さんの楽しみの手助けができるかも知れないし、お父さんみたいな大人になるヒントももらえるかも知れない。
「約束する!」
本当は中学二年生になるとき、俺はお母さんの手引きによってお父さんの秘密に足を踏み入れたんだ。
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