お父さん、二十歳になりました

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「では、ついてきなさい」  ドヤ顔のお母さんが歩き出すのでついていくとそこはお父さんの書斎。仕事場兼憩いの場だという話だ。本棚が壁一面にあり、そこにはびっしりと本も並んでいる。どれもこれも有名タイトルばかり。これですら、いつか俺が読みたいと思ったときのためにわざわざ集めたとか。  その奥に置いてあるパソコンにお母さんは手をかけた。 「ちょっと! お母さん、勝手なことしていいの!?」 「いいのよ。お父さんが怒る訳ないからね」  ドヤ顔のお母さん。ああ俺ももう共犯だよ。 立ち上げたパソコンでお母さんは何事か作業してから、またドヤ顔をする。 「はい! お父さんの趣味のウェブ小説のページです!」  白い画面にお父さんのアカウント名が浮かんでいる。 「これがお父さんの趣味?」 「そう! お父さんはウェブ小説を書くのが趣味なの! ずっと昔からね。読んでみる? あなたのことも書いてあるよ」 「俺のこと? 愚痴とかじゃないよね?」 「違う違う。言うならば妄想小説ね。あなたが二十歳になったとき、こうだったらいいなって。ね、お父さんのために読んでみない?」 「読む!」  これを読んだら完璧過ぎるお父さんに少しは近付ける気がする。それにお父さんが俺に期待していることが分かるなんて楽しそうじゃないか。  お母さんはテキパキとマウスを操作し、ディスプレイには一つの作品名が表れる。 『お父さん、二十歳になりました』  これはワクワクしてしまう。きっと俺のことを書いているんだ。あの完璧なお父さんが、俺にどうなって欲しいのか、それが分かるはず。  マウスをお母さんから受け取り、俺は作品ページを開いた。  妻との関係は良好だ。だが、それは表面上ばかり。私は今、熟年離婚の危機にある。 「え!?」  いきなりのカミングアウトに俺は声をあげた。 「お母さん! 離婚危機なの?」  お母さんはにっこり笑う。 「そんな訳ないじゃない。お父さんとお母さんは今でもラブラブです。ただ、熟年離婚とかをぶち込んで置くと主婦層の読者が付きやすいからそう書いてるだけよ」 「そ……そうなんだ……」  まぁそうだよね。今でも一緒のベッドで寝てるもんね。離婚の危機の気配は全く見当たらない。  気を取り直して続きを読む。  仮面夫婦であっても私達には目に入れても痛くない一人息子がいる。今日はその子が二十歳となる日。二十年の時の流れは長いようで早かった。その息子が、私に花束を差し出した。 「お父さん、今まで育ててくれてありがとう。やっと二十歳になりました」  ……そういう展開か。困るなぁ。 「ねぇお母さん、俺、二十歳になったらお父さんに花束あげないといけないのかな?」 「喜ぶんじゃない?」  お母さんは簡単に呟くが、これは読むべきじゃなかったかも知れない。お父さんにこれからの接し方のハードルが上がった気がする。
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