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時は流れて俺は二十歳の誕生日を迎えた。中学生のときに読んだお父さんの妄想小説は俺の胸の中でずっと燻っていた。だからこそ今日は、お父さんの理想の一人息子を演じるんだ。
大学が終わってから花屋と酒屋に足を運んで花束とワインを購入した。はじめてアルコールを買ったため、年齢確認もされたが二十歳の誕生日であるために店員におめでとうございますと言われて悪い気もしなかった。
お父さんへのプレゼントを抱えて歩く帰り道の気分は悪くはなかった。
玄関の前で深呼吸。お父さんは、俺の二十歳の誕生日を祝うために休みをとっている。さぁお父さんを喜ばせよう。
俺は勢いをつけて家に飛び込んだ。
「お父さん! 今まで育ててくれてありがとう! やっと二十歳になりました!」
あの日読んだ妄想小説の台詞そのままを俺は口にする。
「へ?」
居間で寛いでいたお父さんは素っ頓狂な声をあげる。
「あ……ありがとう」
困った顔をしながらもお父さんは花束を受け取ってくれた。
お父さんの顔色を見ながらワインの箱も掲げてみせる。
「二十歳になったら、お父さんと一緒にお酒を飲みたかったんだ。少しでもお父さんと肩を並べたくて」
「あ……ああ……」
お父さんがぎこちない。俺、ちゃんと理想の一人息子演じてるよね。
お母さんはその様子をにこにこしながら眺めている。ここまで来たら引き下がれない。台所かワイングラスを二つ取り出してきて、とくとくとワインを注ぐ。
お父さんと乾杯をして一口口をつける。……美味しさが分からない……。ワインってこんな味なんだ……。一口でクラクラする。でもあれを言わなきゃ……。
「へへ。やっぱりはじめてのアルコールは効くや。俺さ、お父さんみたいになるから。お父さんみたいに美人なお嫁さん見つけて、お父さんに自慢してやるんだ」
お父さんがすとんとワイングラスをテーブルに置いて、お母さんの顔をまじまじ見つめる。
「もしかして……読ませた?」
お母さんはにっこりと微笑みながら頷いた。途端、お父さんは頭を抱えてソファに横になった。
「うがぁぁぁぁぁぁ!!」
完璧なお父さんらしくない絶叫。
「お父さん! どうしたの!?」
「まさか! まさか弘樹に読まれるなんて!」
「お父さん、何があったの!?」
「弘樹! あれは妄想なんだ! 親の妄想が今、目の前で現実になってるんだよぉぉぉ!?」
「お父さん! 駄目だったのぉぉぉぉ!?」
「そうじゃないけど! うがぁぁぁぁぁぁ!!」
その晩、お父さんはずっと悶ていた。楽しそうにしていたのはお母さんだけだ。
「お母さんみたいな綺麗なお嫁さんもらわなきゃね」
お母さんに言われて、俺の肌が痒くなる。
「うがぁぁぁぁぁぁ!!」
俺とお父さんの絶叫は、その晩、何度となく夜空に響き渡った。
おしまい
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