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そ。
「そ」
彼の返事は、いつもそれだけ。
私が今日の出来事の、楽しい話をしても「そ」。
職場であった嫌なことを愚痴っても、「そ」。
いつもスマホを眺めながら、彼はつまらなさそうに「そ」って言う。
同棲する前はこんなじゃなかったのになあ、と思う。彼が仕事を辞めてからだいぶ日にちが経つけれど、いまいち動いているようにはみえない。
「ねえ、まだ面接に行くところも見つからないの?」
「そ」
彼の返事に中身がないから、私もそっけなく返事をする。
「そ」
会話が終わる。なかなか便利な言葉なのかもしれない。
次の日の朝、サバ味噌の缶詰を用心深く、そーっと少しずつ開けていたのに、最後にピンっと蓋が取れて、シャツに汁が飛んでしまった。
とんだ粗相だ。シミが、じわぁっと広がっていく。どうせ汚れるなら、もっと雑に、さっさと缶詰を開ければ良かった。
「ねえ、私たち別れよう」
ほかほかの朝ごはんを食べながら、視線が合わない彼に伝える。ちょっとだけ間があって、彼は小さくつぶやく。
「そ」
私は力強く応える。
「そ。」
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