【君と俺の家族と食事】

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【君と俺の家族と食事】

家に帰ると、俺の姉さんと兄さん、狼森命(おいのもり みこと)と狼森湊(おいのもり みなと)が出迎えてくれた。犯罪に巻き込まれた弟を心配して実家に帰ってきてくれたのかと思えば、二人が駆け寄り抱き締めたのはカズちゃんの方だった。 「和樹君、大丈夫? うちの弟が迷惑をかけてごめんね!」 「今回もカルト教団をぶっ潰したんだってな! 流石、俺の未来の弟!」 「命さん、湊さん……マコを心配してあげても良いんじゃないかな……?」  優しいカズちゃんの忠告にも、我が非情なる姉と兄は頷かない。命姉さんは「真の馬鹿は自分で危ない場所に行ったんだろうから自業自得だよ」と言ってのけるし、湊兄さんは「馬鹿の真が和樹に迷惑をかけたことの方が問題だ」と俺に睨みを利かせる。全く以て非道な姉兄だが、その通りだから、俺も別段傷つくことはなく自慢に入れるのだ。 「そんな馬鹿な俺を助けてくれるのが……俺の恋人たるカズちゃんです!」  羨ましいだろう、と言う前に命姉さんと湊兄さんの拳が腹部と脳天に叩き込まれる。これ以上馬鹿になったらどうするんだとも思ったが、二人は俺がそれを聞くだろうことを予想していたらしく「これ以上は馬鹿の段階もない」と言い切って見せる。命姉さんに至っては突き入れた拳でごりごりと脳天を抉りながら、俺のことを叱咤する。 「この馬鹿たれ! お前が無理をする度に、和樹君も危険になるんだよ! もっと危機感を持って行動しなさい!」 「えっ、あっ、命さん! マコは僕の為を思って……」 「和樹。だからこそ、だぜ。真が和樹のこと想ってるように、俺達もこの馬鹿弟を大事に思ってるんだ」  本当なら、プランツェイリアンを利用しようとするクズ共がいなくなれば、一番安心なんだろうが。湊兄さんはそう言って、俺とカズちゃんの頭を、子供をあやすかのように優しく撫でる。カズちゃんは兄さんより背が高いので、どう見ても子供には見えないんだが。 「まぁ、そういうこと。和樹君も真も、危険をぶっ潰すこともまぁ大事だけど……出来る限り危険なことに巻き込まれないようにね」  二人とも大事な弟なんだから。命姉さんの言葉に湊兄さんが頷くと、カズちゃんも照れたような、幸せそうな表情で微笑んでくれたので、二人に向けて「はい」と穏やかな返事を向けた。良い返事が出来る子は良い子だ。そんなことを言いながら、湊兄さんはソファにかけていたエプロンを手に取り、キッチンへと向かう。 「和樹、夕飯作ってたから食べてってくれよ。良ければ、玲葉おじさんと円華おばさんも呼んでさ」 「あっ、ありがとうございます! 今、父と母にも連絡してみます!」  カズちゃんがスマートフォンを操作して、おじさんとおばさん、つまりはカズちゃんのご両親に連絡を入れる。隣人とはいえ赤の他人を助ける為に自分の息子が危険な目に遭っているとすれば、世間一般的な親なら近所付き合いを遠慮するものなのだろうが……何といっても、二人はカズちゃんを生み育てた生粋のプランツェイリアンだ。 「もしもし、母さん? 和樹です。今、マコの家にお邪魔しているのだけど」 (あら、和樹? 今ね、事情聴取がてら、白さんと一緒にお茶してるところ) 「あんまりお喋りが過ぎて、白さんに迷惑かけないようにね。父さんもいる?」 (お父さんも白さんの隣で執筆中。マコちゃんのお家ってことは……きゃあ、二人きり!) 「ふっ、二人きりじゃないよ!? 命さんと湊さんもいます!」 (ふふ、冗談よ。命ちゃんと湊君から、ちゃんと連絡も貰ってますもの) 「そうだったの? じゃあ、今僕が連絡入れることも知ってた? 夕飯一緒に食べようって言ってくれているのだけれど」 (ええ! 白さんも連れて行っていいか聞いてくれる? あと、デザートにプリンを持っていくから、それも伝えて) 「分かった、聞いてみる」 (そうだ、和樹。真君もだけど) 「? 何、母さん?」 (怪我、してない? してたらお母さんの雷が落ちるからね!)  電話越しから聞こえる、ほんの少しの心配と持ち前の明るさを持った可愛らしい声。声の主がカズちゃんのお母さんである赤荻円華(あこおぎ まどか)さんだ。俺はカズちゃんから携帯電話を借り、おばさんの問いに答える。 「もしもし、カズちゃんのお母さん? 真です。此方は傷一つありません」 (あら、真君! 嬉しい、真君が電話に出てくれるなんて! ふふ、いつも息子がお世話になっております。命ちゃんと湊君にもよろしくね。プリン、おばさんの手作り苺プリンだからね) 「嬉しいですね、お母さんの苺プリン、美味しいから」 (お世辞を言っても苺が一つ増えるだけよ!)  ころころと鈴が鳴るような声で笑うおばさんに、俺も嬉しい気持ちになる。カズちゃんだけでなく、俺のことも心配してくれる優しさも、事情聴取を受けながら白さんにプリンを味見させているのだろう肝っ玉も、俺はおばさんが大好きだ。とはいえ、それを表明すると怒髪天を衝く勢いで怒りをあらわにする方がいらっしゃるのでおいそれと口には出来ないが。 「お母さん。兄さんに聞いたら白さんが来ても大丈夫だそうです。今、大鍋でカレーをたっぷりと煮込んでいるから」 (円華は君のお母さんではないが?)  既に怒りのボルテージを上げているらしい赤荻玲葉(あこおぎ れいは)さんの声に、俺の肝っ玉は氷水に漬けられたかの如く縮み上がる。彼は勿論、カズちゃんのお父さんだ。因みにおじさんは奥さんである円華さんと息子であるカズちゃんを溺愛している――――つまりは俺のことを、最愛の家族を誑かす馬の骨だと思っているのだ。 「あっ、カズちゃんのお父さん。こんばんは」 (こんばんは。……君にお父さんと呼ばれる筋合いはない!)  電話越しでは分からないが、きっと今、おじさんの隣にいるのだろう白さんは震えあがっていることだろう。おじさんはけして悪い人ではないのだが、少しばかりおばさんとカズちゃんへの愛が深すぎるのだ。カズちゃんとの交際を話に行った時など、おじさんが軽いパニックを起こして両腕からカエンタケを生やしてしまい、自分自身の肌に炎症を起こして入院をするという凄惨な事件が起きてしまったくらいなのだから。現状、毒のある植物や菌類を生やしていないことを願う。 「すみません、おじさん。あ、夕食食べに来ますよね?」 「それについてはお邪魔しますし、頂きます。……本当に怪我はしてないね?」 「はい、してないです。……カズちゃんまで危険な目に遭わせてしまって、本当に申し訳ありません」 「全くだよ! 和樹と円華が君を愛しているのでなければ、私は君をガジュマルで絞め殺すところだ!」  おじさんはいつでも本気である。けれども、カズちゃんとおばさんの幸せを一番に考えている男性でもあるから、けして俺を理不尽に傷つける人ではないのだ。俺の怪我も心配してくれるところから分かる通り、本質がカズちゃんやおばさんと同じ善性の人なのだ。 「おばさんのプリン、楽しみにしてます」 「楽しみにするが良い。円華のプリンは最高だからな。湊君のカレーも楽しみにしているよ。円華に聞いたが、今日はシーフードカレーだったかな」  ふふ、と、おじさんが仄かに笑う。お父さんの穏やかな声に安心したように、カズちゃんも嬉しそうに笑った。全員で食器を出したりサラダを盛ったりしているうちに、おじさんおばさん、そして白さんも到着した。皆で揃って食べる湊兄さんのシーフードカレーは格別なのだ。    皆でおばさんの作ってくれた苺プリンを味わった後、俺とカズちゃんはこっそりと俺の部屋へ向かった。おじさんが気付くと凄惨な事件が起こり兼ねない為、出来る限り平静を装って。  扉を閉めた瞬間、バタンと思いもよらぬ大きな音がして、俺達は肩を跳ねさせた。お互いの顔を見合わせて、思わず吹き出してしまった。俺がクッションを差し出せば、カズちゃんはそれを抱き締めて床に座る。座椅子代わりにしてくれと言う意味だったのだけれど、姉さんのおさがりで貰ったジンベイザメのクッションに、座るような非道をカズちゃんは出来なかったらしい。可愛いなぁ、と微笑ましく思いながら、俺もカズちゃんの隣に座る。 「カズちゃん、今日も本当に、助けに来てくれてありがとう。カズちゃんのおかげで、無事に帰ってこれたもの」 「……本当に無事?」  普段とは違う声音の、カズちゃんが俺の服の裾を握る。そのままずるりと上に引き上げられると、俺のカズちゃんに比べて貧弱な腹筋があらわになってしまう。きゃああっ、なんてわざとらしい悲鳴で気を引こうと思ったが、脇腹にくっきりと残る火傷痕は誤魔化せなかった。 「……あー、スタンガンで、ちょっとね。あいつら、中古の粗悪品を使っていたみたい。ほら、トカレフもちゃちだったじゃん」 「……ごめんね、マコ。僕の為に、マコに怪我をさせてしまって」  悲しい顔をして、カズちゃんが俺の脇腹に口づける。カズちゃんの熱くて柔らかい唇が肌を慰めて、俺はぞわりと欲を煽られる。しかし、此処で欲情してはいけない。何故ならば、カズちゃんは「そういう意味」で口づけをしていないのだ。ただただ、俺の傷を悲しみ、謝罪と後悔と感謝を込めた口づけであるからして……俺が今、彼に襲い掛かるわけにはいかないのだ。  脇腹にキスをする為に屈んだ姿勢から、カズちゃんが上目遣いに俺を見る。雨に濡れた琥珀みたいに潤んだ瞳が、きらきらと光を孕んで俺を見つめている。骨太でがっしりとした指先が、俺の髪に触れる。銀色に染めて若干の傷みもある俺の髪を、カズちゃんは柔く撫でる。 「ねぇ、カラコン、外して良い?」  俺がそう問うと、カズちゃんが小さく頷いた。明るい赤色のカラーコンタクトレンズを外した俺の目は、なんということはない平凡な焦げ茶色だ。それでも、カズちゃんは俺の目を覗き込んで、愛おしそうに微笑んでくれるのだ。僕はマコの瞳が好きなんだ、なんて言って。 「俺はもっと桃色とか橙色とか、カラフルな方が格好良いと思うけど?」 「そうかなぁ。僕はマコの目、クヌギのどんぐりみたいに可愛いと思うよ」  成人男性に対して可愛いなんて……とも思うが、これぞ「あばたもえくぼ」という奴なんだろうか。まぁ、俺はありがたいことに母さんに似て美形でありつつ、顔形が女っぽいところがあるから、一般的にも可愛い部類に入るのかもしれない。それはそれとして、カズちゃんに褒められると悪い気はしない。俺を見つめていたカズちゃんが、緩やかに視線を揺らす。 「……マコがコンタクトを付けたり髪を染めたりするのも、プランツェイリアンの僕と間違えられる為、でしょ」  気付かれていたか、と頬を掻く。確かに、俺が髪に色を入れているのもカラコンを使っているのも、俺の方がプランツェイリアンだと思い込ませる為――――カズちゃんの危険を肩代わりをする為だ。プランツェイリアンを道具として利用しようとする輩は愚かしいことながら、彼ら彼女らが皆、花のように華奢で可憐だと思い込んでいる。同じ植物であろうとも、樹木か草花かで違うだろうことを少しも考えないのだ。だからこそ、俺の浅知恵にまんまとひっかかる訳だが。……まぁ、俺の方も、自分で対処出来るのは相手が二人か三人の時で、五人以上に絡まれてしまえばカズちゃんの助けを待つだけのお荷物になってしまうのだが。 「俺が好きでやってることだよ、カズちゃん」 「でも、マコ、僕は。僕のせいで、マコが傷つくなんて、嫌だよ」 「……ふふっ……泣きそうになってるカズちゃん、可愛い」 「マコ、僕は真剣に、ひゃっ!?」  もう危ないことはしないで、と。カズちゃんに懇願をされるのは今日で何回目だろうか。その度に俺は、約束を出来ないままはぐらかしてしまうのだ。こんな風に、彼の唇を奪って。
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