【デート、襲撃、思い出日和】

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【デート、襲撃、思い出日和】

(マコ、こっちで皆と遊ぼうよ) (行かない。俺、ずっと此処にいる) (そこにずっと一人ぼっちでいたら、マコのお母さんが悲しむよ) (! カズちゃんなんか大嫌い!あっち行け!)  悲しい顔をしたカズちゃんが俺を見つめている。まだ幼い彼の華奢な手足に傷はなく、走り逃げた俺を引き留めようと差し出された小さな手は震えていた。目覚めれば、それが懐かしい思い出のワンシーンだったと思い出す。 「……あの頃は本当、ガキだったな」  カズちゃんに我儘を言って――――いいや、我儘については今もそうだ。だが、幼い俺はカズちゃんの思いやりさえも気付かず、彼を傷つける言葉まで吐き捨てた。自分自身の行いに恥と後悔が蘇り、俺は頭を抱えてベッドの上で呻いた。まぁ、それも数分のことだ。人は未来に向けて生きていかなければならないし、現在の俺はカズちゃんを喜ばせる方法も知っているのだ。幼馴染的にも、恋人的にも。 「……よし、気を取り直そう。今日はなんたって、カズちゃんとデートなんだから!」  湊兄さんにコーディネートしてもらったデート服に、肩掛け鞄を装備して外へ出る。朝食は昨日のうちに握っておいた一口大の塩むすびをつまんだ。改正ながら底冷えのする天気に、兄さんが厚手のコートとマフラーも一緒に選んでくれたことに感謝する。カズちゃんも寒い思いをしてなければ良いなと思いながら、俺は待ち合わせ場所に急いだ。  待ち合わせ場所へ十分前に辿り着いた俺の元へ、カズちゃんから謝罪の電話が入る。おじさんが俺とのデートに不貞腐れてしまいぐずっているのだという。家がお隣さんなのだから一緒に出掛ければよかっただろうと思われるかもしれないが、デートはやはり待ち合わせからがデートなのだ。こういうハプニングも楽しみの一つなのだから、カズちゃんが謝る理由はないのだ。その旨をメールにしたためて送ると、カズちゃんからは可愛い芋虫のスタンプと共に「ありがとう」の文字が送られてきた。 「おじさんがぐずってるってことは……まぁ、二時間くらいかな」  カズちゃんを待つ間に、カフェでお茶でもしようと考える。昼ご飯は一緒に食べたいからコーヒーだけにするとして……そういえばお気に入りの作家さんが新作を出していたはずだから、途中の本屋さんに寄れば完璧だろう。そんなことを考えながら道を歩いていって、無事に街でチェーン営業をしている喫茶店に辿り着いた。コーヒーを飲みながら、道すがらに買った新刊へ目を通す。お気に入りのシリーズ本はいつも通り面白く、ただ番外編の短編集であった為に予想外の速さで読み終わってしまった。 コーヒーのお代わりをしながら、俺はふっとBGMに耳を傾ける。俺達がまだ幼かった頃に流行った、男性アイドルグループのバラードだった。 (今日の夢のことでも考えようか、このBGMに乗せて)  恥の多い幼少期を思い出す。俺が初めてカズちゃんに「大嫌い」なんて宣った、あの日を。  当時、俺の家族たる狼森家は、母さんを病気で喪っていた。母さんは元々病弱な性質で、命姉さんを妊娠した時などは出産に耐えられないだろうと言われていたくらいだから、今思えば十分に生を全うしたのだと理解出来る。それでも冬の日に肺炎をこじらせて呆気無く死んでしまった母さんを前に、俺は一ヶ月が過ぎてもメソメソと泣き続けていた。気丈な命姉さんと責任感の強い湊兄さん、生来が能天気な親父は俺の落ち込みようを不安視していた。そんな俺を見守り導く守護者と選ばれたのが、お隣さんで仲良しのカズちゃんだったのだ。  とはいえ、当時の俺はカズちゃんを「幼馴染として」好きだった。つまり、今のようなベタ惚れ状態ではなかったのだ。その上でこの頃は「お母さんが親父と離婚したら俺がお嫁さんにしてやるよ」なんていうくらいにはお母さん子だったわけで、そんな最愛の母さんを喪った俺は随分と落ち込んでいたし捻くれてしまっていた。お母さんが生きているカズちゃんに何が分かるんだ、なんて、当時の幼いカズちゃんには酷な言葉を向けてしまうほどには。それでも、カズちゃんは俺を見捨てないでいてくれた。 (マコ、ヒーローごっこしよう。僕、悪者で良いよ) (ヒーローごっこなんかしない。カズちゃん、他の子と遊んできなよ) (僕、マコと遊びたいの) (我儘言わないで。俺は今、カズちゃんと遊びたくない) (ごめんね、でも。僕、マコがずっと、泣いたままだと心配なんだ) (……泣いてないもん) (泣いてるよ。鼻水も出てるよ。来て、ハンカチあるから) (五月蝿い! カズちゃんは俺のお母さんじゃないでしょ!? 俺のお母さんみたいなこと言わないで!)  思い出すだけでも汗顔の至りという奴だ。カズちゃんは何も悪くないのに、俺一人だけが苛立って、傷つけて。当時のことを謝罪すれば、カズちゃんは「家族とお別れしたんだから、落ち込むのも苛立つのも当たり前だよ」と笑って許してくれる。でも、きっと、あの頃はカズちゃんもつらかっただろうし、泣いていた筈なのだ。  あの頃、カズちゃんは自分がプランツェイリアンであることを理解し始めていて――――力をつけ始めた植物型異能は強大で――――つまりは制御しきれぬ力を嗅ぎ取った、醜い大人達に狙われ始めた頃だったのだから。 (……カズちゃんが初めて怪我をしたのも、俺の関わる『あの日』だった) 「ねぇ、君、一人? 良かったら、俺達と遊びに行かない?」  思い出に浸る俺へ無遠慮な声が掛かる。視線をあげると、カウンターの両隣それぞれに、見知らぬ男が二人座っていた。ナンパだろうかと面倒臭い気持ちになって「先約がありますので」と丁重に断るも、ナンパ男二人は諦めが悪く俺に話しかけ続ける。 「君、綺麗な目をしてるね。お花みたいな色してる」 「ああ、いえ。そんなことは」 「髪の毛も白銀色だね。桜か何かのプランツェイリアンかな?」 「……成程、そういうことか」  こいつらはナンパ男ではなかったらしい。だが俺を「桜か何かの」なんていう辺り、プランツェイリアンに対しての知識は中途半端で、こういう奴等がプランツェイリアンに話しかける目的は一つだ。こいつらが求めているのは、俺と言う「プランツェイリアンの肉」だ。 「静かに。暴れると、他のお客さんの迷惑になる」 「俺が迷惑になるんじゃなく、あんたらが迷惑に成るんだろう」  銃かナイフかは分からないが、どちらにしても俺以外に怪我をする人間が出すことは本意じゃない。俺は大人しく、二人の男達の間に連れていかれることとなった。 「最近、俺たちの組織の間でも話題になってるんだよ。そこらじゅうのカルト教団を壊滅に追い込んでいる、人外級に強いプランツェイリアンがいるってさ。まぁ、植物型の宇宙人なんて元から人外なんだろうけれど」  クククと何が面白いのか喉を鳴らす男の言葉が、カズちゃんのことを指していることは明白だった。元々、プランツェイリアンは俺達地球人よりもはるかに強い。だが、その中でもカズちゃんは別格なのだ。あまりにも冗談みたいに強いので、以前、玲葉さんに理由を尋ねたことがある。おじさんが言うに、カズちゃんは「リィヴァルシャンヌ」と呼ばれる存在らしい。 別名を「不崩の聖樹(くずれずのせいじゅ)」とも呼ばれる彼のような存在は、プランツェイリアンの中でも珍しいらしい。地球で同じ現象を説明するとするなら「先祖返り」と言われるそれは、原種のプランツェイリアン、つまりはご先祖様の特性を色濃く残した異能を持つ。 カズちゃんは通常ならば三つが限度の植物異能――――カズちゃんのお母さんである円華さんですら七つが限度のその力――――それを無尽蔵に繰り出せるのだ。また、玲葉さんのように自らが生成した毒茸やそれによって集まる毒虫の効果で体調を崩すこともない。そういった意味で、カズちゃんは殆ど無敵と言えるだろう。 「強いプランツェイリアンほど、人間の限界を突破させる為の妙薬となる。君ほどに強い花ならば俺達を不老長寿……不老不死にすることすら出来るだろうさ! 君には少し痛い思いをさせるが、君達の種族は強いから、そうそう命の危険には直結しないだろう?」  こいつらにとっては、他人が自分の手によって傷つけられ死の危険にさらされることすら「少し痛い」の範囲なのだ。何と言ったって、自分達には痛む場所などなく、欲で感性が死滅した脳みそでは此方の傷みに気付くことすらままならないのだろう。まぁ、此方としても無抵抗で食われようとは思っていない。全殺しにならぬ程度、九分九厘殺し程度にはボコボコにして、警察へ突き出すことくらいは考えている。なんて言ったって、こいつらは俺とカズちゃんのデート計画を邪魔してきたのだから。 「さて、着いた。此処が我々の祭壇だ。そして君が、我々の未来への供物だ」  臭い科白を恥ずかしげもなく口にして、二人の男は俺をちゃちな建物の中へ引きずり込む。元は会計事務所か何かだったんだろう狭い部屋には、四人分の一人掛けソファと低めの長テーブルしかない。俺は仕方なく、長テーブルへ腰を下ろし、一人掛けソファに靴のままで足を乗せた。最近の子は行儀が悪いなぁ。なんて男達は余裕気に笑っているが、見ず知らずの人を自分の妄想の為に拉致するような人間に礼儀だのなんだのと詰られる謂れはない。 そもそも、こいつらだって十分に「最近の若い子」だろう。俺が童顔だから学生とでも考えているんだろうが、男達も二十代後半と言った程度だ。そんな雑談をする気も起きず、意味もないのでわざわざ訂正はしないが。 「行儀が良かろうと悪かろうと、あんた達は俺を原材料として、妙薬とやらに加工するんだろうな。俺としては、頬肉が一番のおすすめだ、きっと柔らかくて美味しいだろうからさ」  余程の馬鹿なんだろうか。分かりやすい挑発の意味も気付かず、男の一人が俺の言葉に警戒も持たず俺の頬に触れる。美しいな、なんて呟きながら、その実今すぐにでもこの面の皮を剥いでやろうという算段でいるのだろう。こいつらを狙っている俺の額が、どれだけ硬いかも知らないで。  腹筋を倒してからもう一度起き上がる要領で、相手の鼻っ柱へ額を叩き込む。硬い肉がぐにりと潰れる不快な感覚に、錆びた鉄の匂いが鼻先にかかる。ぐらりと倒れた仲間を見て、もう一人の男が「畜生!」と俺へ飛び掛かる。腕力では部の悪い体格差であるから、踵で鳩尾を抉るように突き上げる。グェ、と蛙の潰れるようなえづく音に、俺は「しめた」と思ってテーブルから立ち上がる。呻き蹲る男達の背骨が砕けるようにと踏みつけながら、事務所の扉を開ける。地下から一階へ向かうやや急な階段を駆け上がると、外に繋がる光が見えた。……が、現実はそううまくはいかないらしい。  否、これがサイコホラーやスプラッター映画ならば、大分上手な展開だ。光の中で見えた人影が、俺の顔面に向かってきたと気づいた瞬間、目の中にいくつもの赤い星が飛ぶ。顔を殴られたのだと理解するまで数分かかる間に、人影達は俺を捕まえて、今度は事務所の二階へと俺を運び込んだ。  不思議なことに、俺を二階へと連れて行った中年男性達は俺の鼻の手当てをした。とはいえ、別段大きな怪我をしたわけではないので、擦れてしまった鼻の頭に絆創膏を張り、ほんの少しだけ零れた鼻血を止める為に脱脂綿を詰めただけだ。最初に俺を拉致した若い男二人組より、ガタイも人相もカタギ離れしたその人達は、どうしてか優しい口調で俺へ謝罪を向けた。 「怖がらせて申し訳ない」 「申し訳なく思うなら、荒事はやめてほしいのだけど」  胸の奥の恐怖を押し込めて、せめてもの反抗的な態度を見せる。すると、どうしたことか中年男性達は心からの申し訳なさを滲ませ、言葉を続ける。 「君を見つけた今、もう荒事にはならない。我々で君を救助するから、どうか安心してほしい」 「……? 俺のことを殴っておいて、助けに来たと言われても信用の欠片もないんだけれど」 「先ほどから謝罪以外の言葉を出せないが、それについても申し訳ない。私達はプランツェイリアンが捕まっているものと思っていて……君からは植物の匂いが殆どしないから、プランツェイリアンを拉致した犯罪組織の一人だと思っていたんだ。しかし、階段から現れた君の姿を見て、あの時の坊やだと思いだしたよ。拳を奮う前に、冷静になれれば良かったんだが」  あの時、と言う言葉にハッと中年男性達……おじさん達の記憶が呼び起こされる。貴方達は、と口を開いた瞬間。二階の窓が派手に砕け散った。 「マコ、助けに来たよ!」  硝子の破片が乱反射させる光を身に纏い、カズちゃんが事務所の中へと飛び込んでくる。怒り心頭に達した表情で目をぎらつかせていたカズちゃんは、けれども俺とおじさんたちを見ると目を丸くしたまま膝から崩れ落ちた。はぁあぁあ。大きな脱力、或いは安堵の溜息を零して床へ四つん這いになりそうになるカズちゃんに、俺は慌てて隣に駆け寄り抱き留める。おじさん達は照れ臭いように、それでも微笑んで「あの頃のままだ」と言ってくれた。 「あの頃と変わらず、仲の良い二人でいてくれて、安心した」 「……皆さんも、もしかしてマコを助けに?」  あの日と同じように、とカズちゃんもようやく笑ってくれた。そう、俺とカズちゃんがおじさん達に出会ったのはこれが初めてではない。 俺がおじさん達を「どう見てもカタギの人間じゃない」なんて失礼な考えを持ったことも、あの頃から少しも成長していない思考回路が為だったのだ。
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