【ライバルは騎士王子】

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【ライバルは騎士王子】

 俺とカズちゃんは同じ仕事場に勤務している。とはいえ、俺は宣伝部、カズちゃんは営業部なので、四六時中一緒にいるわけじゃない。それに、俺達が付き合っていることを知っている社員はほとんどいない。俺達と昼食を共にしてそれとなく気付いている一部の同僚はいるだろうけれど、俺達と昼食を共にするような子達は人の恋路を噂するタイプじゃないので、二人の関係が必要以上に知られることも無いのだ。  だからこそ、俺は心配になってしまうのだ。俺のカズちゃんがむくつけき男達の淫猥の目に晒されていないか、艶めかしい女達の蠱惑の指先に弄ばれていないか、と。  こんなことを口にすれば、カズちゃんの外見しか見ていない素人は「こんなゴツくて厳つい男に誰が色目使うんだよ。ほぼほぼゴリラだろうが」なんて万死に値する無礼を働くわけだが……カズちゃんの人となりを知っている人々は、大体が俺の不安を理解してくれる。  なんといっても、カズちゃんはその人間性からモテにモテるのだ。しかもカズちゃんを好きになる人間は、ほぼ満場一致で「ガチ惚れ」の域に達してしまい、俺ですら叶わないんじゃないかと不安になる時もある。 例 えるなら、一般的なイケメン男のモテが「学園のアイドルがバレンタインにトラック三台分のチョコレートを貰うタイプ」のモテだとする。対して、カズちゃんのモテは「地味だが真面目な図書委員長が帰りに机から本を取り出そうとしたその時、手作りのカップケーキとマフラー、そして少女趣味の封筒に入った丁寧な筆文字の刻まれた手紙を見つけるタイプ」のモテ方をする。手作りと手書きから見る本気度は、分かる人間には分かるだろう。  カズちゃんは優しい。後輩の失敗は一緒に謝罪へ行きつつ解決方法へとそれとなく導いてあげるし、女子社員が大量のお茶や書類を押し付けられるとすぐさまに半分以上を手伝ってあげる。言葉は素朴だから普通なら営業には不向きなんだろうけれど、力もあっていざという時の度胸があるので、営業先にやや怖い系の人が待っていても、カズちゃんがついて行くと大概無事に帰ってこれると専らの評判だ。  そんなカズちゃんだが勿論、世界中の皆に好かれているわけではない。八方美人だとか親切の押し売りだとか言うさもしい人間もいるし、出世欲がないことをガッツがないだとかお人好しだとかと言う口さがない奴等もいる。カズちゃん自身がそんな下らない悪口など気にしないことを幸いとして、俺がカズちゃんを悪し様に言う人間に「何か」をすることはない。幼馴染の俺が間に入れば、必要以上にややこしい状況になるのは明白だからだ。  まぁ、俺個人の感情としては許せない奴らなので、ネットで見つけたおまじないで呪ってやるくらいはするが、俺の可愛らしい憎悪感情などで、大した災厄は生まれないだろう。  そう、悪意が呼ぶ災厄など大したことはない。問題は善意から「ややこしくなること」をやらかす、カズちゃんの「ファン」がいるのだ。カズちゃんの同僚に、同じプランツェイリアンという種族に生まれた男が。 「おい、下等な地球人共。今、赤荻を悪し様に罵っただろう。赤荻はお人好しだから、雑用に使うのに持って来いだと!」  隣の部屋にいる俺達にまで聞こえる、凛とした声。視線を向ければその先に、華やかな美形が仁王立ちになって同僚たちへ指先を突き付けている。煙草や缶コーヒーを手に群れていた同僚達は、我が社の「騎士王子」に睨まれてしどろもどろになっている。  尖ノ森鳳仙(とがのもりほうせん)という、名前からして非凡そうなこの男は、立ち振る舞いもその美しさも抜きん出ている。俺のように染めたのではない天然のプラチナカラーに、目の覚めるような澄み切った緑の瞳。小さく薄い唇は紅も差していないのに薔薇色で、傷一つない色白の肌へ怒りを孕んだ桜色の頬。カズちゃんとはタイプの違う、やや細身の筋肉がついた体は精巧なビスクドールのようだ。切れ長の瞳を軽蔑に尖らせ、硝子細工のように冷たく煌めくような声で、尖ノ森は捲し立てる。 「使うだと?赤荻は使われているのではない、貴様らのような『出来ない駄目な奴』の為に、無私の愛で恵んでやっているだけだ。それも理解出来ぬほどに、貴様らは無能なのか?貴様らは何年、人間として生きているんだ?三つにならぬ幼子の方が、悪意を持って他者を消費し嘲笑うような老害よりも、よほど美しい生き方をしているとは思わないか?」  容赦の欠片も無い鳳仙の言葉に、指差された同僚達は俯いて拳を握り締め、肩を小さく震わせている。周りの人間達は、軽蔑に満ちた鳳仙と怒り狂う同僚を眺めながら、ひそひそと囁き合う。鳳仙は、悪口を見て見ぬふりする彼らすらも見下したような視線を作る。 「あああ……営業の『プリンス』がまたやらかしてますね……」  同僚の厨川義弥(くりやがわよしや)君が困ったような顔をして俺に囁く。彼はこれから、営業の方へ資料を提出しに行かなければならないので、この空気が耐え難いのだろう。他の皆も殆どが同じ表情をして、営業部の騒ぎを眺めている。中には面白がっているらしい悪趣味な輩もいるが、なにより我慢出来ないのはあの『騎士王子』の騒ぎで迷惑を被るのは俺が愛してやまないカズちゃんなのだ。 「自分から『ナイト』の正義を翳したって、結局は『プリンス』の我儘じゃないかねぇ」  誰ともなく鳳仙を眺めて呟く。彼に向けられた「ナイト」と「プリンス」という呼び名は、彼がただ見目麗しい男性であることだけを示しているわけではない。彼はこの会社の会長直系の孫、つまりはいずれこの会社を引き継ぐ御曹司なのだ。だとすれば正しいあだ名は「プリンス」の方だろうが、鳳仙は「血筋に溺れるだけの怠惰な肉塊にはなりたくない」と、自らを遠回しに嘲る同僚達の前で言い放ったのだ。 「私は私の力で守るべきそれを守るのだ」  そして、彼が守るべきものと決めた存在が、俺の愛するカズちゃんだった。 「尖ノ森君、どうしたの?」  営業で外に出ていたカズちゃんが、部長と一緒に戻ってきた。その声を聴いた瞬間、尖ノ森の表情が明るく和らぐ。そして「赤荻」とカズちゃんの名を呼んだ尖ノ森が、カズちゃんに全てを喋ってしまう。 「下等な地球人共がお前を悪し様に言っていたから、尋問していたのだ」  芝居がかった言い回しに憎たらしさが倍増する。カズちゃんじゃなかったら、速攻で殴っていてもおかしくはない。何故ならば、尖ノ森が余計なことをしているのはこの一回や二回ではないからだ。尖ノ森が騒ぎ立てる程に、カズちゃんに反発する馬鹿共はより一層に彼を疎ましく思う。元はカズちゃんに同情的な人達だって、この騒ぎを見ていれば忌避行動に移っても可笑しくはない。本人に問題がなくても、周りの人間に問題児が多ければ人は容易くその人を見限るのだから。 「尖ノ森君。同僚を下等なんて言うのは良くないと思うし、そういう言い方は僕、嫌いだ」  普段は穏やかなカズちゃんのストレートな「嫌い」は、傲岸不遜が人の形をした騎士王子さえも言葉を失う程度にダメージを与えるらしい。 「だ、だが。この外道共はお前のことを、利用しては嘲笑っていたんだぞ?」 「僕は僕自身が納得して行動してるよ。それをすることで、周りに何と言われるかも含めて。そんな僕の行動に、誰がどんな感想を持っても自由だよ。僕がそういうの『嫌い』って、君に言ったのと同じようにね」  そう言って、カズちゃんはちょっと言い過ぎたかな、と思っているらしい不安げな表情を見せた。尖ノ森が傷ついていないかを心配しているらしい彼の表情を、尖ノ森自身が一番よく理解しているらしく、またそれに甚く感動をしていた。 「……赤荻!やはりお前は、私が見込んだ同胞だ!」  カズちゃんのがっしりとした手を握り、尖ノ森は再び捲し立てる。我が愛しの純種、同郷の美しきリィヴァルシャンヌ。どうか私の番となり、地球人に虐げられし同法の光となるのだ。  尖ノ森の唐突な告白に呆気にとられるのも、もう今月で三回目ほどだ。そうして毎回、カズちゃんは誤魔化すことを不義と思い、自分自身の感情を答えるのだ。ごめんなさい、と。 「僕にはもう、付き合っている人がいるから」  カズちゃんの告白に、尖ノ森は一瞬怯んで、それでも気丈に聞き返す。誰が私からお前の愛を奪うのか、と。しかし、カズちゃんは「相手のことは言えない」と背を向ける。自身の席に戻り、皆より少し遅れた昼休みの時間で食事を始めるカズちゃんに、彼の休憩時間を邪魔することは出来ないと思っているらしい尖ノ森も自身の机へ戻る。その背中には怒りと悲しみが浮かんでいたが、カズちゃんは心を鬼にしてそれに気づかないふりをしている。勿論、申し訳なさと心配が落とされた肩に乗っかっているが。  カズちゃんの優しさを掠め取る尖ノ森が羨ましくて妬ましくて、延々と怒りの視線を送っていると部長に拳骨を喰らった。仕事をしろというように視線で書類を指し示す手厳しい部長の暴力に、八つ当たりじみた怒りを尖ノ森へ向ける。 (尖ノ森め、お前のせいで仕事も捗らない)  それでも社会人として仕事はしよう。視線を外す一瞬、尖ノ森の瞳が怪しい煌めきを孕んでいたことが、少しばかり気がかりであったが。そしてその気がかりは、数日後にはっきりと形を表して、俺達に波乱を巻き起こす。  その日から数日が経った終業時刻。カズちゃんは再び、尖ノ森に問い詰められていた。後輩や同僚、上司がいるにも関わらず、尖ノ森はずけずけとカズちゃんに恋人の存在を問う。周りは皆、カズちゃんを心配する視線か、そうでなければ人の恋路を面白がる好機の視線を送っているが、弁が立つ御曹司に歯向かう勇気はまだないらしい。 「赤荻。お前を恋人とする、恋人ながらに傲慢なる者は誰だ。女性か男性かも知らないが、私以上にお前に見合う存在はいないのだぞ?」  なんて傲慢な奴だ、とも思ったが。その実、確かに尖ノ森はカズちゃんに見合う部分もあるのだから腹立たしい。奴が傲慢だが、それ以上に優秀であり、よくよく観察すれば努力家でもあるのだ。仕事は丁寧で迅速で、カズちゃんが悪し様に扱われなければ地球人にも優しい。  勿論、彼の優しさは「ヒト基盤態プランツ亜種型異星生命体が地球人よりも優れている」という持論を基にした優しさなのだが。この思い込み――――否、事実プランツェイリアンは優秀なのだから決して単なる思い込みではないのだが――――取り合えずはこの苛烈ささえ持っていなければ、尖ノ森はカズちゃんと同じくらいにはモテていたと思う。  尖ノ森の質問に、カズちゃんは困ったように顰め面をして、どうにか「男の人」とだけ言った。単純に俺の名前を口にしないのは、きっと尖ノ森が俺へと詰め寄ることを心配しているのだろう。だが、此処でカズちゃんの優しさに甘え、名乗らずに隠れていれば……俺は彼の恋人とは言えない、言う資格はないだろう。  俺がすぐさまにカズちゃんの隣に立つ。すると、一瞬怪訝な表情をした後、察しの良い尖ノ森は「お前が」と呟いた。流石に他部の平社員の名前など知らないかと思っていたが、尖ノ森が俺を「狼森」と呼んだことには驚いた。俺は尖ノ森を睨みつけたままに、言葉を続ける。 「俺がカズ……赤荻の恋人だ」 「……お前は、赤荻を愛称で呼んでいるのか」  わずかに悔しさを滲ませた表情に、気を良くして「幼馴染だからな」と余計なことを言ってしまった。しかし、一度滑った口は簡単に止まってくれない。独占欲も含めたどろりと腐れた感情で、俺は尖ノ森にマウントを取る。 「生まれた時からの仲なんだ。同じ病院で生まれたし、家は隣同士だし。小さい頃から、仲の良い兄弟みたいに育ってきたよ。恋人同士になったのは、確か小学生の頃だ」  その一言が、尖ノ森の琴線に触れた、らしい。  彼は「そうか」と呟いて、次に安堵にしては乾いた笑いを零した。 「だから赤荻は、お前なんかを恋人に選んでやったのだな」  一言が一瞬にして場を凍らせる。尖ノ森は気付いていないらしい表情で、言葉を続ける。 「成程。幼馴染ならば、赤荻がお前に『同情して』恋仲になったことも肯ける。お前が恋慕して赤荻に言い寄ったのだろう?しかし、そのような恋愛関係で、幼き時分の呪いにも似た約束一つで、お前は赤荻を幸せに出来ると思うのか?」  同情によって繋がれた関係は長くは続かない。  お前だって、愛する赤荻の一生の傷にはなりたくないだろう。 「心優しい同胞の中には、数千年に続く己の命に、ほんの八十年程度しか関わらなかった地球人を置き続ける者もいる。百年に満たないのだぞ、地球人との関わりなんて。その期間の愛を永遠だと孤独に生きるのは、あまりにも不孝じゃないか」  私は赤荻にそんな悲しい運命を背負わせたくはない。  私ならば赤荻を悲しませず、共に生きることが出来る。 「私は赤荻と同じ『純種』だ。私以上に赤荻を幸せに出来る人間は」  いない、と言い切ろうとした刹那、尖ノ森の体が横へ吹っ飛んだ。当たり前だ、カズちゃんが彼の横っ面を引っ叩いたのだから。それでも、机やコピー機にぶつかるほど飛ばなかったのは、彼がまだ力を制御している証だ。  その場にいる全員が驚きに硬直する中、カズちゃんだけが滑らかに動いているのが、舞台劇の演出のようだった。カズちゃんは床に転がる尖ノ森の胸倉を片手で掴み、鼻先がぶつかるほどに顔を近づける。 「僕らの運命を決めつけるな」  声には怒りが籠っていた。表情は見えないが、尖ノ森の見開いた瞳が全てを物語っていた。鬼神の如き、なんて言い過ぎかもしれないが、その怒りは確かに人智の域を超えているのだろう。カズちゃんの手が、普段ならあり得ない乱暴さで尖ノ森から手を放す。床にへたり込んだままの彼に、カズちゃんは視線もくべずに吐き出した。 「僕は君みたいな人が嫌いだ。人を一纏めに決めつける言葉も、僕の大事なもの全部を否定する考え方も。僕は今、君の全てが嫌いだ」  今日はもう君とは話したくない。カズちゃんはそう言うと、俺の手を掴んでその場を離れた。後に残された尖ノ森のどこか哀れな姿に、どうしてか俺は心が晴れなかった。  俺はあいつからカズちゃんの愛を勝ち取ったというのに――――否、その考え方が間違いなのかもしれない――――愛を勝ち取るという発想を持つこと自体が間違いならば、俺も結局は尖ノ森が言うとおり、カズちゃんをいずれ不幸にするのだろう。  尖ノ森の前から立ち去ったその足で、カズちゃんは俺を連れたまま休憩ルームのコーヒーメーカーの元へ向かった。部署で型落ちを安く手に入れたコーヒーメーカーは、二つ前のデザインとはいえココアや抹茶も飲めるので皆に重宝されている。  カズちゃんはコーヒーメーカー前で大きく深呼吸をして、それから俺を振り返ってぎこちなく笑った。カズちゃんは作り笑いが壊滅的に下手なので、小学生くらいの子がこの顔を見たら確実に泣き出すと思う。 「騒ぎに巻き込んじゃってごめんね、マコ。お詫びに一杯おごりたいんだけど、何飲む?」  コーヒーメーカーの横には、一杯五十円の料金を入れる貯金箱が置いてある。コーヒー豆を買う為の募金箱みたいなものだが、意外と皆ちゃんと代金を置いていく。少し考えてから「抹茶ラテ」と言えばカズちゃんは「OK」と笑って、百円を入れてから抹茶ラテとブラックコーヒーを淹れる。温かな液体で満たされたカップを手渡してくれるカズちゃんに「ありがとう」を言って、俺は彼の隣に並び合う。今は、カズちゃんの表情を真っ直ぐに見られなかった。だというのに俺のお喋りな唇は、自分の思いとは真逆にべらべらと喋り出してしまう。 「……尖ノ森、泣きそうな顔してたね」 「ぅ……」  小さく呻き声をあげるのは、良心が痛んでいる証拠だろう。カズちゃんは自分のことで、そう長く怒っていられない性質だから。ミルクをたっぷりと含んだ抹茶ラテを啜りながら、俺はカズちゃんを盗み見る。  精悍な形をした体は、けれども殆どが傷だらけだ。再生能力を駆使して一番傷が少なくしているだろう顔面だって、右耳の裏から両の鎖骨の真ん中にかけて、大きな傷が残っている。 (あれは中学校の時につけられた傷だ。他校のヤンキーが小遣い稼ぎに、プランツェイリアン狩りをしてて)  この頃からカズちゃんは体が大きくなって、世間の不勉強な一般が考える華奢で儚げなプランツェイリアンと一線を画していた。一目見れば鋼の強さを持つと理解出来るカズちゃんを、数で物を言わせるヤンキー共は気付かないふりをした。そうしていかにも「お花ちゃん」と呼べるような貧弱な俺をひっ捕まえて、奴らは危ない組織共にも幅を利かせようとしていた。 (俺は捕まって、カッターで腿肉を削がれそうになったんだった。あいつら、プランツェイリアンには血が通ってないと思ってて)  俺の太腿から血が出た瞬間の狼狽えようは面白かった。その後、激昂してリーダー格をぶん殴ったカズちゃんが切りつけられたのは悪夢だったけれど。耳裏から鎖骨の間。首が斜めに傷ついた瞬間、スプラッター映画みたいに散った真赤な飛沫を、思い出す度に寒気が走る。 (カズちゃんが血液を樹液に変換する方法を知らなかったら、あの一瞬で血液を樹液に変える機転を働かせることが出来なかったら……俺は彼を、喪っていたかもしれないのだ)  何を言っているんだ。胸の底で、酷く冷えた自分の声が響く。  喪っていた、ではなく、殺していた、だろうと。 (お前がいることでカズちゃんは危険な目に遭ってきた……お前を愛したが為に、和樹は傷つき続けなければならない。お前が死ぬまで、永遠にだ)  お前さえいなければ、和樹がこれほどまで傷にまみれることはなかっただろう。胸の奥の自分が言う。お前はプランツェイリアンのふりをするばかりで――――結局、和樹にとって何の役にも立っていない――――和樹を傍に置く為に、わざと危険に身を投じているだけなのだ。 「そうか、俺は」  いない方が良いんだ、と、唇が零した、数秒後。びりびりと痺れるような痛みを帯びて鼻が血を噴き出したのは、カズちゃんの渾身の力で殴られたからだ。持っていた抹茶ラテがいつのまにかテーブルに置かれているのを見ると、カズちゃんは俺が火傷をしないように配慮をしてくれたらしい。それでも、彼が起こっているのは目に見えて明らかだったが。 「あ……かず、ちゃ」 「……マコの分からず屋!もう知らない!今日はもうマコとも喋らない!」  俺を真っ直ぐに見つめたまま、カズちゃんは怒りに頬を赤くして、ずかずかと休憩室を飛び出していった。俺に怒りを向けた瞳は、琥珀色がきらきらと光って、まるで黄金色の炎みたいだった。それは炎などではなく、上下の瞼の間で眼球を潤す涙なのだが。暫く冷たい床の上に転がっていた俺は、数分後。慌ててカズちゃんの後を追うのだった。
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