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「今年も鮮やかに咲いたね」
花期を迎えた十一月下旬。
我が家の庭には、妻の霧子が育てた桃色のシクラメンが色鮮やかに咲き誇っていた。
一軒家に引っ越してから三年目。僕ら夫婦にとってはこの時期の風物詩だ。
「気温や天候にも恵まれたから。色づきがちょっと物足りない気もするけど」
「そうかな? 僕にはとても美しく見えるよ。君と同じくらいね」
「駄目よ頼彦さん。誰かに見られたら恥ずかしい」
後ろから抱きしめようとすると、霧子は俯き加減に僕の手を振り解いた。ベランダ際だったから、近所の目を気にしたようだ。
霧子のこういった恥じらいは嫌いではない。初心な少女のような反応を僕はどこか楽しんでいる。
桃色のシクラメンの花言葉は「恥ずかしがりや」だと教えてもらったことがある。花の形が恥ずかしそうに俯いているように見えるのがその由来だそうだ。霧子とよく似ている。
霧子とは共通の友人を介して知り合い、一年の交際期間を経て、五年前に入籍した。
清楚で誰にだって優しくて、花を育てるのが好きな女性だった。
交際している頃に、「どうして君はそんなに優しいの」と、柄にもなく純朴な質問をしてしまったことがある。
普通なら面食らってしまうところだろうが、彼女は間を置かずにこう答えた。「周りの人がいつだって優しかったから、私も誰かに優しく出来る人間でありたいの」と。
当時の僕らは二十代半ば。社会に揉まれて、誰もが心の余裕を無くしていくような時期に、純真無垢にそう言ってのける彼女が眩しく見えた。
これが霧子にプロボーズをするきっかけの一つになったのは間違いない。
三年前にはローンを組んでマイホームを購入した。
家は人生最大の買い物というが、僕が購入を決意した動機は至ってシンプル。
花を育て、愛でるのが好きな霧子のためを思ってのことだ。
それまで住んでいたマンションでは花を育てる環境としては手狭すぎる。
僕は夢のマイホームが欲しかったのではない。霧子が庭仕事を楽しめる環境が欲しかったんだ。
霧子はこの家を気に入ってくれたし、季節ごとに様々な花で庭を彩って僕を楽しませてくれる。
霧子を愛する気持ちに嘘偽りはない。
優しくて、いつだって笑顔で僕を受け入れてくれて、人を疑うことを知らない。
本当に素敵な奥さんだと思う。
唯一欠点があるとすれば、男を見る目が無かったことぐらいだろうか。
「花壇の手入れをしてきます」
「今日は少し冷えるからこれを着て」
「ありがとうございます」
庭に出る霧子にフリースを羽織らせてあげると、付き合いたての頃のように頬を赤らめて笑っていた。その表情に少しばかりの罪悪感を覚える。
リビングのソファーに戻ると、ズボンのポケットの中でスマホが鳴った。
庭仕事をする霧子の姿をベランダ越しに眺めながら、僕はスマホに届いたメッセージを確認する。送り主は部下の女性社員で、次はいつ会えるのかと、逢引を催促する内容だった。
どう返信するか悩んでいると、庭の霧子が偶然こちらを向いた。それとなく笑顔で手を振ると、霧子も笑顔で手を振り返してくれた。
不倫相手とやり取りをしながら妻にも良い顔をする僕の何と卑しいことか。
僕はきっと、地獄に落ちるのだろうな。
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